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第七章

143.醜い自分

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  ーーお正月モードから普段の日常生活へと切り替わり、短い冬休みに終わりを告げたある日。

  いよいよ二年生最後の三学期を迎えた。


  遠くの席から暗い影を被った咲の姿を視界に捉えつつも、気にしている自分を誤魔化すかのように顔を背けてシャープペンを強く握りしめた。

  小学生の頃、翔くんとの仲を妬んだミクに上履きを隠された事はあっても、心底裏切られた事はなかった。


  これまで平穏に過ごしていた分、身に降りかかる悲劇に耐性がついていない。
  絶大な信頼を寄せていたからこそ、裏切りが許せなかった。


  『ごめん』で済むような話なら深く傷付かない。
  でも、本当はこんな自分は醜くて大嫌い。



  しかし、大波のように感情が揺れ動いている不完全な我が身に、胸が張り裂けそうなほどの辛い事件が襲いかかった。



  始業式の初日は午前中のホームルームのみ。
  帰り際に少ない荷物を手提げにさっとまとめて、学校を出る前にトイレに寄った。

  洗面所で手を洗ってブレザーのポケットからミニタオルを出して手を拭いて、トイレを出ようとして廊下に向かうと……。



「朝から駒井がしけた面しててさぁ。年明けしたばかりなのに、生徒の運気を下げる気じゃない?」

「ブスが余計ブスになるね~」

「きゃはは、サチ言い過ぎ~。早速お祓いしましょう、悪霊退散~」


「あっはっは!  そりゃないでしょ~。あいつの甲高い声ってホント耳障りだよねぇ。探したくなくてもすぐに見つかるよ」



  出入り口付近で背後から咲の悪口を聞き取った瞬間、足が止まった。
  私には声の主が誰だかわかっている。


  以前、一組の彼女達は咲の悪口を言っていた。
  その時はカッとするあまり教室に怒鳴り込んで、悪口を止めるように口すっぱく注意した。

  それなのに、反省どころかあの時と何一つ変わっていない。



「あ~、わっかるぅ。あいつの声って他の声に紛れないよね」

「確かに。しかも、超ぶりっ子だから先生にも媚び売ってんじゃないの?」

「だから、あんなに成績優秀なんだぁ。うわぁ、サイテー」



  あまりにもひどい言い様にワナワナと身体を震わせながらゆっくり振り返ると、予感は的中。
  彼女達は想像だけで面白おかしく話を繰り広げていた。

  ケタケタと小バカにしたような笑い声が胸を突き刺す。
  耳に入れたくなくてもねじ込んでくる悪口にはらわたが煮えくり返ると、握りしめた拳が大きく震え出した。



  ひどい……。
  咲の事をよく知らないのに。

  影の努力を知らないクセに。
  夢を知らないクセに。
  妄想一つで好き勝手いい放題。



  癪に触った愛里紗は、彼女達の前にふらりと姿を現すと、悔しさが込み上がるあまり目を吊り上げた。



「咲の事を何も知らないくせに、どうして好き勝手悪口を言う訳?」

「えっ、何?」

「ねぇねぇ、またコイツ来たよ。この正義感うざくない?」

「あんたさぁ、いきなり人の話に割り込んでくるの辞めてくれない?」



  三人組は腕組みしながら勝気な態度で詰め寄った。
  だが、愛里紗の気持ちは収まるどころか煮えたぎっていく。



「………咲は、咲はね。小さい頃から教師になるのが夢なんだよ」

「はぁ?  だから何だっつーの?」



「第一志望の大学に合格出来るように、帰宅してから毎日1時間その日に教わった授業内容を復習してるの。大学に合格したら教員免許を取るんだって意気込んでた。前回の期末テストだって、アルバイトをしつつも成績を落とさないように努力してた。……それなのに、先生に媚びを売ってる?  あなた達は咲の何を見て言ってるのよ」

「…………」


「咲の悪口を言っていいのは親友の私だけ。それは、私が咲の事を一番よく知ってるから。誰でも言っていい訳じゃない。咲の中身を知りもせずに想像だけでモノ言うなんて許せない!  傷付けるなんて絶対許せないんだからぁ……」



  愛里紗は怒鳴り声でありったけの思いをぶつけると、悔しさのあまり涙がポロポロ溢れ出した。

  だが、三人組は反省するどころか正義感満載な愛里紗に見下した目を向けると、去り際に暴言を吐きながら交互に肩を愛里紗の肩に叩きつけた。

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