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第六章

123.運命の鍵

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  ーー本格的に冬が到来した。
  冷たい風に身震いするような寒い日が続き、コートの出番がめっきり増えた、12月下旬に差し掛かった土曜日。

  今日は午後から理玖とデートの約束をしている。


  朝食を終えて着替えもせずに朝の情報番組をつけながらリビングのソファーでのんびり寛いでいると。

  ガシャーン……

  背後から平和を乱す衝撃音が耳に入った。
  ソファーからひょこっと顔を出して、キッチンにいる母に心配の目を向けた。



「あら、やだ。マグカップを落としちゃった」

「大丈夫?  怪我してない?」


「大丈夫よ。手が滑っただけだから心配しないで」

「もーっ。お母さんったら、おっちょこちょいなんだから!  それ、お母さんがお気に入りのマグカップじゃん。ちょっと、気をつけてよ!」


「おっちょこちょいのあんたにだけは言われたくないわね。……ほら、減らず口はいいから一緒に片付けを手伝ってちょうだい」



  母といつものように軽く言い合いながらキッチンへと移動して、散乱した陶器の破片を一緒に一つ一つ拾い始めた。

  陶器の破片を二人でビニール袋に入れていると、インターフォンが鳴った。

  ピーンポーン……


「……あら、誰かしら?」



  母親は作業をしていた手を止めて立ち、壁面に設置されているインターフォンの受話器を手にとる。
  愛里紗はモニターに映し出されている映像を見ると、そこには隣の家の奥さんが映っていた。



「おはようございます。……あっ、はい。えぇ……。いま行きますね」



  母親は受話器を戻すと、エプロンのポケットから物置の鍵を出した。



「お隣さんが回覧板を届けに来てくれたから、代わりに物置からホウキとチリトリを持ってきてくれない?」

「いいよ~」



  愛里紗は物置の鍵を受け取ると、一階のリビング窓を開けて足元のサンダルを履き、外の物置へ移動した。


  ベランダの物置の鍵を開けて数年ぶりに中に入った。
  朝と言えども物置内は暗くひっそりとしていて中の様子が伺えない。
  外から差し込む太陽光が照明代わりになっている。



  四畳ほどの物置の中で見回すと、スチール棚に積み重なっている箱や、キャンプ用品や、父のゴルフ用品や、昔よく遊んだスケボーの上には経年によりあちらこちら埃が被っている。

  父が物置に入った所を数回程度しか見た事ないし、私も引っ越してきた初年度以来入っていない。
  放置状態からして母も物置から遠退いてる様子。



  引越し当初から使用している物置。
  実は深い思い出があった。

  引っ越してきたばかりの小学六年生の頃、ちょっとしたイタズラ心で母を驚かそうと思って物置の中に隠れた事があった。
  しかし、日が傾いてもなかなか見つけてもらえず、いつの間にか疲れて眠り込んでしまった。
  すると、母は夜になっても帰宅しない娘を心配するあまりパトカーを呼んだ。


  あの時はヒドく怒られた。
  母の頭にはツノが生えてた。
  まぁ、夜まで一人娘が戻って来ないし連絡ないし、心配するのは親として当たり前か。


  それ以来、私を物置から遠去けるように施錠するようになった。
  しかも、その鍵をエプロンのポケットに入れて、未だに持ち歩くほど。
  ただ、鍵を持ち歩くのが習慣になってるだけなのかもしれないけど。


  叱られたあの日から自分自身も自然と物置から足が遠退くようになり、物置はベランダの景色の一部になっていた。



  物置の中は淀んだ空気と埃まみれの物。
  あまりにも劣悪環境だから、正直長居はしたくない。

  扉の真横に置いてあるホウキとチリトリを取り出して、物置から出てから扉の取っ手に手をかけた。


  ところが物置の扉を閉じようとした瞬間、左前方のスチール棚の上段隅に積み重ねてある、ある物が視界に飛び込んだ。

  だが、一瞬視界に入ったそのある物が運命の鍵をこじ開けるキッカケに……。

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