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第六章
115.困惑している理由
しおりを挟む再会するスタンバイは出来ていても、いざ本人を目の当たりにしたら高揚感に打ちひしがれてしまっているせいか、次の言葉が出てこない。
「あっ……あっ………」
愛里紗は目頭をじんわり熱くさせて震える指をゆっくり向けるが、感極まっているせいか声を発するだけでもいっぱいいっぱいに。
まるで幽霊でも見てしまったかのような反応に近い。
同じく驚愕している翔も数年ぶりに再会した愛里紗から目線を外すことが出来ない。
「あ…………り……さ」
「谷崎くん……」
「あっ、いや……」
一瞬目線を落とした胸には、《谷崎》ではなく《今井》というネームプレートが付いている。
愛里紗はネームプレートを見てふと思った。
えっ、今井?
……あ、そうか!
思い出した。
谷崎くんの両親は離婚したんだよね。
確か、母親側について行ったよね。
でも最近、何処かで聞いた名前。
いつだったかな?
頭が混乱していて思い出せそうにないや。
二人は久々の再会で胸いっぱいになっておよそ20秒程度の無言が続いたが。愛里紗の感覚的には1時間くらい経ったかのように長く感じていた。
ーーだが、その時。
チリン……チリン……
「外掃除終わりました」
「駒井さん、お疲れ~」
掃除を終えたばかりの咲は、ホウキとチリトリを持ってガラス扉の向こうから店内に戻り、入店時に愛里紗に接客していた女性従業員にひと声かけた。
フロアに足を踏み入れてから、ホウキを片付けようと思って足を奥に進めると……。
見上げた先には、同じく従業員として働いてる翔と、客として来店している愛里紗が無言で見つめ合っていた。
「えっ…………」
それは、咲にとって最も恐れている展開だった。
ショックのあまり、ホウキとチリトリを無意識に手放す。
ガシャ……
カターン…………
「……っ愛里紗! どうしてここに……」
顔面蒼白になりながら、口元を押さえて悲鳴交じりの声でそう言った。
すると、二人は咲の声に気を引かれて同時に目を向ける。
だが、咲が名前を呼んだ瞬間、翔は直感が働いた。
ノグと再会したあの日以降に頭の中に思い描いていた相関図は、何となく完成に近付いていく。
どうしよう……。
咲を驚かせちゃったみたい。
やっぱりお客さんとして来た事が迷惑だったかな。
いくら友達とはいえ、勤務中の姿を見られたくないよね。
咲が困惑している様子を見た瞬間はそう思っていた。
しかし、本当の理由は別のところに……。
「あっ、あのね! 実は木村が英語のノート返し忘れたと言ってたから代わりに持って来たの。明日からテストだし、ノートがないと困るかと思って。バイト先にまで来ちゃってごめん。さすがに迷惑だったよね……」
「ううん。こんな所まで届けてくれてありがとう。私も木村くんにノートを貸しっぱなしにしてた事をすっかり忘れてた」
咲は影を被った顔でそう言うと、ホウキとチリトリを拾い上げてガラス扉の隅に寄せた。
愛里紗は翔に会えた喜びと、迷惑そうな様子の咲を見た途端、両極端な現状に頭が混乱した。
何となく居辛い雰囲気になったので席を立った。
ガタッ……
「じゃあ、私。用が済んだし、もう帰ろうかな」
「待って! 愛里紗」
咲はそう言い被せると、口を噤んでいる翔の隣に立って俯いたまま翔の手を握りしめた。
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