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第五章
106.オオカミの香り
しおりを挟む愛里紗は既に袖を抜き取るだけの状態の理玖の手を引き止めようと手を伸ばして、家中に響き渡りそうなほどの大声を上げた。
「ブレザーはっ……! まだ脱がないで……」
だが、理玖は何言ってるんだと言わんばかりの目を向ける。
「だって部屋ん中暑いじゃん」
「暑くない暑くない。……ってか、もう寒いし冬になるし風邪を引いちゃうから、まだ脱がなくても大丈夫。理玖はブレザー姿が似合っててカッコイイね。脱がない方が全然キマってるよ。さすがだね!」
興奮するあまり饒舌に。
自分でもよくこんなに早く舌が回るなんて思わなかった。
「お前こそ汗びっしょりじゃない? ブレザー脱いだ方が……」
「わっ、私は汗なんてかいてない! ……寒い、うん! 寒いの」
愛里紗は理玖の口を塞ぐように声を荒げた。
理玖は不審な言動に首を傾げつつも、渋々とブレザーを身に纏う。
愛里紗は悪魔の囁きによって切実な悩みを抱えていたが、理玖の部屋に入ってからはリアルな進展に苦しめられていた。
ふぅ、危なかった。
理玖がブレザーを脱いだら一貫の終わり。
『お前も暑いだろ』とか言って、あっと言う間に私のブレザーを引っぺがしちゃうかも。
そして、いつしか変な空気が流れて、あっと言う間に私を……。
いや、冷静に考えてもいきなりそれはないな。
咲が変な事を吹き込んでくるから、頭の中の切り替えが悪くて困っちゃうよ。
はぁ……。
疲れたし、もう忘れよう。
その一方で、愛里紗の考えなど知るはずもない理玖は、汗だくな愛里紗の左隣にストンと腰をかけた。
そして、愛里紗の身体から15センチくらいのところに右手をベッドに沈めてニンマリ。
「……お前の事、すげぇ好き」
そう言うと、前髪を上げておでこに軽くキスをした。
理玖はいつも通りに気持ちを伝えて軽くキスをしたつもりが、愛里紗は気持ちを切り替えた矢先の出来事で思わず顔面蒼白に。
残念ながら、隣から漂ってきたのは柔軟剤の香りではなく一匹のオオカミの香りがしてきた。
「あっ……」
理玖は力の抜けた声を出すと、伏せ目のまま覆いかぶさるように顔を近付けてきた。
すると、愛里紗は身に危険を感じて胸の前に手をクロスさせて身体を反らせる。
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