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第五章
102.私を待つ彼
しおりを挟む咲と別れてから電車に乗って、最寄り駅に到着して改札を出ると、改札の先でスマホをいじっている制服姿の理玖が目に飛び込んだ。
今日は約束をしていないのにどうして駅で待ってるんだろうと思い、スマホに気を取られている間に駆け寄って声をかけた。
「理玖、こんな所で何してるの?」
「あー、きたきた。お前を待ってたの。行こうぜ」
理玖はそう言って制服のポケットにスマホを突っ込み、もう片方の手で愛里紗の左手を取って有無を言わさずに歩き始めた。
今日はまだ『おはよう』のメッセージ以外送ってないし、電車の到着時刻だって知らないはず。
私が学校から帰って来るのを改札前でずっと待っていたのかな。
でも、こんな小さな事だって友達の時代には無かったようなくすぐったさを感じる。
きっと大好きな彼と付き合えた咲は、私以上に幸せを噛み締めているんだろうな。
理玖の思うがままに手を引かれながら歩いていたけど、一歩ずつ足を進ませるにつれて咲が言っていた言葉を思い出す。
『愛里紗のハジメテの相手は理玖くんかもね。なんか、ドキドキしちゃうね』
敏感に反応した瞬間、心臓をバクバクさせながらそろりと見上げる。
だが、目線は吸い込まれるように2日前に重ねたばかりの唇へ。
まだないから。
まだ、ハジメテはないから。
まだまだずっと先だから……。
頭の中にこびり付いている言葉に言い被せるかのように新たな呪文を唱えてみたけど……。
『理玖くんは愛里紗を愛してくれているから、きっと怖くないよ』
残念ながら、効力を発揮しない私の呪文は、心の中でしきりに囁き続ける悪魔には効かないようだ。
もーっ、私のバカバカ!
お願いだから早く頭の中から消えてよ。
勝手にスイッチオンしないでよ。
咲が帰りに変な話を吹き込むから過剰に意識しちゃうじゃん。
やっば……。
繋いでる手が緊張で汗ばみ始めた。
心の中はどうにか隠す事が出来るけど、身体が素直に反応したら異変に気付かれちゃう。
そうだ!
緊張した時は深呼吸をして一旦心を落ち着かせるのがいいかも。
ナイスアイデア。
せーのっ。
スーハー スーハー……
ところが、理玖は急に深呼吸を始めた愛里紗を不審に思う。
「あのさ。……ちょっと過呼吸気味だけど具合悪い?」
「何ともないよ。ただ、合唱コンクールが近付いてるから、深呼吸の練習をしてるだけ」
「えっ、どうしてそれを今?」
苦しまみれの嘘に理玖の眉間のシワが更に深く刻み込まれていく。
……だよね。
彼氏と歩いてる最中に深呼吸の練習をしてるなんて、ちょっと無理があるよね。
自分でもおかしいと思ってた。
理玖は駅を出てバスロータリーに差し掛かると話題を変えた。
「今日塾は休みだし特に約束はないよね?」
「うん、予定はないけど。どこへ行くの?」
「お前とデート!」
「えっ! いきなり?」
「俺がデートに行きたいから行くの!」
まるでだだっ子のようにそう言い、頬を赤く染めながらもニカっと笑う。
少しマイペースなところは中学の頃から変わらないね。
ところが、デートと言っても30分間手を繋いで世間話をしながらひたすら歩いてるだけ。
未だに目的地に着く様子はない。
日は傾いていく一方で少し足が疲れた。
しかも、延々と辿って来た道は過去に何度か歩いた事がある。
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