96 / 226
第五章
94.咲の大事な話
しおりを挟む中学の頃に感じていた気まずさはもう取り払われているし、卒業式の日に強引に唇を重ねた理由は本人の口から聞いた。
嫌いになる要素が一つもないから、拒む理由なんて見つからないよ。
理玖は月末で塾を辞めちゃうし、語学をマスターしたら留学しちゃう。
一つでも決断を誤ったら取り返しがつかなくなくなる。
二度目まで有りだった事が、三度目はもう無しになる。
そう思った理由は、中学生時代から今まで全ての想いをぶつけてきたから。
もし交際を断ってしまったら、太陽のような笑顔を失ってしまうのかな。
そのうち好きでもない誰かと付き合って、私を忘れる努力するのかな。
それとも、このまま気持ちを我慢していくのかな。
もしそうだとしたら、こっちまでやりきれなくなる……。
告白されてから気持ちが彷徨っているけど、少し前に一度だけ心境に変化があった。
それは、自分でもよく分からない感情。
先日、中間テスト前に咲が家に泊まりに来た時、理玖は咲と仲良さそうに話していたけど、私は早く家に帰って欲しいと思ってた。
塾から家まで送ってくれた時は、あともう少し話してたいなと思ったのに、あの時は『まだ帰らないの?』と何度も思いながら一人でソワソワしていて。
その上、柔軟剤の香りが染み込んだシャツの袖を咲に嗅がせていた瞬間は何故か胸が苦しかった。
普段一緒にいる時は何ともないのに……。
どうして早く家に帰って欲しいと思ったのか。
胸が締め付けられるようなあの感覚は一体何だったのか。
人として半人前な私にはその二つの答えが見出せない。
愛里紗は胸のザワメキと葛藤するあまり、いつしか虚ろな表情を浮かべていた。
一方、先程まで目を輝かせながら理玖との恋を応援していた咲だが、次第に表情が曇り始める。
心を決めて拳が握られると、顔を見上げて少し前のめりになって言った。
「あのね、愛里紗! 実は大事な話が……」
キーン コーン カーン コーン
まるで話を遮断するかのように五時間目の予鈴が鳴った。
愛里紗は焦って腕時計に目を向ける。
「あっ、そろそろ時間。……で、大事な話って?」
「……あ、ううん。何でもない」
「早く教室に戻ろう! 授業に間に合わなくなっちゃう」
「うっ、うん……」
愛里紗と咲はすくっと立ち上がり、屋上を後にした。
咲には大事な話があった。
屋上に来る前から話さなければいけないと思っていたが、タイミングが合わなくてきっかけを失ってしまった。
教室に向かう愛里紗の背中を追いかけながら考えてた。
次はいつこの話を切り出そうかと……。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる