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第四章
82.柔軟剤の香り
しおりを挟む「……で、今日は何か特別な日? 咲ちゃんを家に連れて来たし」
「中間テストが近いから勉強がてらお泊まりにね。咲の家は遠いから下校後に会うとしても時間的に厳しいし」
「ふーん」
理玖は鼻に抜けるような返事をしたが、突然ふと何かを思ったかのように、前屈みになって二人の顔をジーッと見つめた。
右……左……右……左……。
まるで振り子のように目を左右に交互させた後、何かの結果に結び付いたかのようにニカッとお日様のような笑顔になった。
「何だか楽しそう! 俺、帰るのやめた」
理玖は身体をUターンさせて降りて来た階段を再び上って愛里紗の部屋へ向かった。
「えぇ! ちょっ、ちょっと。理玖!」
愛里紗は手を伸ばして追うように声をかけたが、鼻歌混じりでご機嫌なまま二階に上がっていく理玖の耳には届いていない。
取り残されたままの愛里紗達は、キョトンと互いの目を見合わせた。
愛里紗達は後から部屋に入ると、理玖はイソイソと動いてる。
この部屋の三人の中で主は私だけ。
……のはずが。
理玖はまるで自分の部屋に招待しているかのように、学習机のイスから取った座布団をセンターテーブル前に立つ咲の前に敷いた。
「さ、咲ちゃん。汚い部屋だけど遠慮なく座って」
「あっ……あ、うん。座布団ありがとう」
「汚い部屋ってどーゆー意味よ」
少し遠慮がちに座る咲もさすがに動揺が隠せない。
中学三年生の頃に交際していた理玖。
一年の頃から何度も家に泊まりに来ている咲。
二人とも遊びに来ている回数はそんなに変わらないはずなのに、何故こうなる。
しかも、汚い部屋って。
ここは私の部屋なんだけど。
昨日は隅々まで片付けたし、掃除もしたし、汚くない!
愛里紗は握りこぶしに力を入れてグッと堪えた。
咲がその場に座ると、理玖はベッドに置いてあるクッションをヒョイと取って咲の右隣に置く。
その瞬間、フワリといい香りが漂った。
反応した咲は鼻をクンクンさせながら言った。
「わっ! いい香り。理玖くん香水付けてるの?」
「香水じゃないよ。母親が柔軟剤マニアで結構うるさいんだよね。あ! これ、最近CMで放送されてる新発売の柔軟剤らしい」
へぇ……。
香りの元は柔軟剤だったんだ。
先日、肩にネルシャツをかけてくれた時にほんのりと香ったのは、理玖自身の香りじゃなかったんだね。
柔軟剤どころか誕生日ケーキすら手作りしちゃうほど女子力の高い理玖の母親を思い浮かべてウンウンと軽く頷きながらふと床に目をやると……。
あると思われるはずの物が目の前に置かれていなかった。
ないっ。
ないない、ないっ!
私の分のザザザ……ザブトンがない!
私が座るはずの席には何も敷いてない。
咲には学習机のイスから取り出した座布団をまるでお姫様を扱うように丁寧に敷き、割り込むように居座る理玖はベッドから取ったクッションに座った。
それなのに、この部屋の主の私には何もないなんて。
咲には座布団があって、私には無い。
咲にはあって、私には……。
愛里紗は目の前で二人が仲良さそうに会話を楽しんでいる中、固いカーペットを見て不満げに腰を下ろした。
だが、二人は愛里紗の気持ちなどお構いなしに柔軟剤話で盛り上がりを見せる。
「何処のメーカーの柔軟剤なの?」
「確かフールって言ってたかな? パッケージがピンクの方」
「フールの柔軟剤、私も好き! 香りはフローラルかな? 私、この香り好みかも~」
「俺も好き。いい香りだよね。ほら」
理玖はそう言って、シャツの袖を咲の鼻に近付けた。
私の目の前で二人の距離が近づいた瞬間……。
何故か胸がキュッと苦しくなった。
咲は鼻をクンクンさせてシャツの香りを間近で嗅いだ後、ワッと目を大きく見開く。
「近くで嗅ぐと尚更いい香り」
「今回の香りは俺も気に入ってる」
談笑し終えて一息つくと、理玖は身体を仰け反って寛いだ。
理玖は香りを共感してもらおうと思って腕を差し出して、咲は目の前に出されたシャツの袖の香りを嗅いだだけ。
ただ、それだけなのに……。
身体を接近させて楽しそうに話している様子を見ていたら、何故か胸がざわざわした。
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