上 下
84 / 226
第四章

82.柔軟剤の香り

しおりを挟む


「……で、今日は何か特別な日?  咲ちゃんを家に連れて来たし」

「中間テストが近いから勉強がてらお泊まりにね。咲の家は遠いから下校後に会うとしても時間的に厳しいし」


「ふーん」



  理玖は鼻に抜けるような返事をしたが、突然ふと何かを思ったかのように、前屈みになって二人の顔をジーッと見つめた。

  右……左……右……左……。

  まるで振り子のように目を左右に交互させた後、何かの結果に結び付いたかのようにニカッとお日様のような笑顔になった。



「何だか楽しそう!  俺、帰るのやめた」



  理玖は身体をUターンさせて降りて来た階段を再び上って愛里紗の部屋へ向かった。



「えぇ!  ちょっ、ちょっと。理玖!」



  愛里紗は手を伸ばして追うように声をかけたが、鼻歌混じりでご機嫌なまま二階に上がっていく理玖の耳には届いていない。
  取り残されたままの愛里紗達は、キョトンと互いの目を見合わせた。



  愛里紗達は後から部屋に入ると、理玖はイソイソと動いてる。



  この部屋の三人の中で主は私だけ。
  ……のはずが。

  理玖はまるで自分の部屋に招待しているかのように、学習机のイスから取った座布団をセンターテーブル前に立つ咲の前に敷いた。



「さ、咲ちゃん。汚い部屋だけど遠慮なく座って」

「あっ……あ、うん。座布団ありがとう」

「汚い部屋ってどーゆー意味よ」



  少し遠慮がちに座る咲もさすがに動揺が隠せない。

  中学三年生の頃に交際していた理玖。
  一年の頃から何度も家に泊まりに来ている咲。
  二人とも遊びに来ている回数はそんなに変わらないはずなのに、何故こうなる。


  しかも、汚い部屋って。
  ここは私の部屋なんだけど。
  昨日は隅々まで片付けたし、掃除もしたし、汚くない!



  愛里紗は握りこぶしに力を入れてグッと堪えた。
  咲がその場に座ると、理玖はベッドに置いてあるクッションをヒョイと取って咲の右隣に置く。

  その瞬間、フワリといい香りが漂った。
  反応した咲は鼻をクンクンさせながら言った。



「わっ!  いい香り。理玖くん香水付けてるの?」

「香水じゃないよ。母親が柔軟剤マニアで結構うるさいんだよね。あ!  これ、最近CMで放送されてる新発売の柔軟剤らしい」



  へぇ……。
  香りの元は柔軟剤だったんだ。
  先日、肩にネルシャツをかけてくれた時にほんのりと香ったのは、理玖自身の香りじゃなかったんだね。



  柔軟剤どころか誕生日ケーキすら手作りしちゃうほど女子力の高い理玖の母親を思い浮かべてウンウンと軽く頷きながらふと床に目をやると……。
  あると思われるはずの物が目の前に置かれていなかった。



  ないっ。
  ないない、ないっ!
  私の分のザザザ……ザブトンがない!
  私が座るはずの席には何も敷いてない。



  咲には学習机のイスから取り出した座布団をまるでお姫様を扱うように丁寧に敷き、割り込むように居座る理玖はベッドから取ったクッションに座った。

  それなのに、この部屋の主の私には何もないなんて。

  咲には座布団があって、私には無い。
  咲にはあって、私には……。



  愛里紗は目の前で二人が仲良さそうに会話を楽しんでいる中、固いカーペットを見て不満げに腰を下ろした。
  だが、二人は愛里紗の気持ちなどお構いなしに柔軟剤話で盛り上がりを見せる。



「何処のメーカーの柔軟剤なの?」

「確かフールって言ってたかな?  パッケージがピンクの方」


「フールの柔軟剤、私も好き!  香りはフローラルかな?  私、この香り好みかも~」

「俺も好き。いい香りだよね。ほら」



  理玖はそう言って、シャツの袖を咲の鼻に近付けた。
  私の目の前で二人の距離が近づいた瞬間……。
  何故か胸がキュッと苦しくなった。

  咲は鼻をクンクンさせてシャツの香りを間近で嗅いだ後、ワッと目を大きく見開く。



「近くで嗅ぐと尚更いい香り」

「今回の香りは俺も気に入ってる」



  談笑し終えて一息つくと、理玖は身体を仰け反って寛いだ。



  理玖は香りを共感してもらおうと思って腕を差し出して、咲は目の前に出されたシャツの袖の香りを嗅いだだけ。

  ただ、それだけなのに……。
  身体を接近させて楽しそうに話している様子を見ていたら、何故か胸がざわざわした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

カーテン越しの君

風音
恋愛
普通科に在籍する紗南は保健室のカーテン越しに出会ったセイが気になっていた。ふとした拍子でセイが芸能科の生徒と知る。ある日、紗南は喉の調子が悪いというセイに星型の飴を渡すと、セイはカーテン越しの相手が同じ声楽教室に通っていた幼なじみだと知る。声楽教室の講師が作詞作曲した歌を知ってるとヒントを出すが、紗南は気付かない。セイはお別れをした六年前の大雪の日の約束を守る為に再会の準備を進める一方、紗南はセイと会えない日々に寂しさを覚える。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...