上 下
80 / 226
第四章

78.孤独の嵐

しおりを挟む


  バイトを終えると、私達はお互いの家への分かれ道まで一緒に帰る。
  残念ながら、彼は夜道を心配して家まで送り届けてくれた事は無い。
  だから、いつしか期待をするのをやめた。


  彼の二歩後ろを歩いている今、きっと私の事なんて忘れてしまっている。
  店を出てから口を閉ざしたまま。
  ノグちゃんと再会する直前は、自分から喋るようになっていたのに……。


  そして、目の前はもうお互いの家への分かれ道。
  お別れまで、あと数秒。


  残り10歩。

  ……5……4……3……2……1。



「じゃあな」



  分かれ道に着いた途端、彼は久しぶりに口を開いた。
  そんな態度が恨めしく感じた瞬間、ギュッと力強く唇を噛み締める。



  もう、暫く表情の変化を見てない。
  最後に変化があったのは、ノグちゃんと渋谷で会った時。
  あの時は人が変わってしまったかのように嬉しそうに喋って、懐かしそうな目で彼女を見ていた。

  彼と出会ってから初めて見た別の一面。
  あれが本来の姿かどうかはわからない。

  でも、あの日を境に感情を消した。
  そして、抜け殻だけを置き去りにしてしまったかのように塞ぎ込んでいる。

  翔くん……。
  私、寂しくてもう限界だよ。



  一向に満たされぬ愛情。
  寂しさに溺れた咲は、家路へ向かう翔の背中に駆け寄って後ろからギュッと抱きついた。



  少しでいい。
  ほんの少しだけでいいから強く抱きしめて。
  たった3秒でいいから。
  背中に手を回してくれたら、その一瞬の思い出をしっかり胸に焼き付けるから。

  バカみたいでしょ。
  呆れちゃうでしょ。

  だけど、こんな事で幸せを感じるくらい翔くんが好きなの。



  咲は切実な願いを込めて翔の背中に腕を回した。

  ところが、翔は抱きしめられた衝撃によって、まるでいま目を覚ましたかのようにびっくりする。
  咲はぎゅっと目を結んだまま徐々に腕の力を加えていく。

  すると、翔はゆっくり振り返り、こう言った。



「いきなり抱きついてきてどうしたの?」



  眉一つ動かさずに何事も無かったかのような冷静な口調。
  咲の両腕を解いて振り返り、両腕に手を添えて咲の目線まで屈み首を傾けた。



「ん?」

「……ううん、何でもない」



  咲は首を横に振って、細い声でそう呟いた。



  まるで妹扱い。
  意を決して抱きしめても、彼の感情は微動だにしない。

  だから、心は更に孤独へと追いやられていく。
  意図的でも無意識でもエンストばかりの恋が悔しい。



  咲は翔に腕を解かれた瞬間から、心の中は身が凍りそうなほど冷たい猛吹雪に襲われていた。
  翔は咲の両腕から手を離すと、咲の心境に気付かぬまま口を開いた。



「じゃあ、気を付けて帰れよ。……またな」

「うん、バイバイ……」



  一瞬、抱きしめてくれるかもしれないと淡い期待を寄せていた咲の願いも虚しく、翔は一人静かに暗闇へと消えて行く。
  咲は二人の心の温度差が浮き彫りになると、孤独感に拍車がかかった。



  私、勇気を出したのに……。
  素っ気ない態度を取られ続けている私だって、気持ちを跳ね返されたら悲しいんだよ。

  一体いつまで片想いなんだろう。



  咲は小さくなっていく翔の背中を見つめながら、気持ちが置いてけぼりになっている自分が不憫に思えて涙が溢れた。

  一人で佇んでいた後も、翔は一度も振り返らない。
  時間をかけても一向に縮まらないこの距離感が、咲の向上心を押し潰していく。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...