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第二章

20.彼の家

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  ーー今日は一学期の終業式。
  明日からは待ちに待った夏休みがいよいよ始まる。
  花火大会や近所の夏祭り、プールに家族旅行。
  小学生の夏休みはイベントが盛り沢山だ。


  中でも一番楽しみにしているのは、年に一度きりの誕生日。
  今年は友達を家に招待して誕生日パーティを開く予定だ。
  家族以外にお祝いをしてもらえるなんて、考えるだけでも嬉しくてワクワクしちゃう。



  愛里紗は夏休み本番を間近に控え、これから訪れる数々のイベントに期待を寄せていた。



  ところが、夏休みを目前に控えた今日。
  谷崎くんは学校を休んだ。
  私が転校して来てから彼は一日たりとも休んでいない。

  谷崎くん、どうしたのかな。
  今日学校に来れば明日からはもう夏休みなのに……。
  昨日、神社で遊んだ時は元気だったのにな。



  愛里紗は昨日の様子を知っているだけに、今日の欠席は意外に思えた。


  午前日課だけど、彼がいない寂しさが襲ってくる。
  休んでる事を理解しつつも、目線は自然と彼の机へ。

  彼がいない教室は、まるでぶ厚い雲に覆われた太陽のよう。



  今日は終業式という事もあって、成績表や配布された大量の連絡物がある。
  それに加えて防災頭巾や上履きや道具箱。

  夏休みに向けて少しずつ荷物は持って帰っていたけど、終業式の今日はいつも以上に荷物が多い。



  担任が欠席した彼の荷物を誰かが代理で自宅まで届けてくれないかという呼びかけに、「私が行く」と率先して手を上げた。
  上履きの件で助けてもらった事もあって、今度は自分が手助けをする番に。


  担任から住所を聞いて、自宅で昼食を済ませてから彼の家へ向かった。
  住所が書いてある紙を片手に、荷物を持ちながらキョロキョロと目印を追う。
  すると、彼の住んでいるアパートは案外早く見つかってホッと胸を撫で下ろした。


  そこは、築30年くらいは経ってると思われる二階建ての古びたアパート。
  コンクリートの隙間からは雑草が生えているし、住人の私物と思われる荷物が敷地内の隅に山積みされている。

  敷地内に足を踏み入れると、二階の通路で日差しが遮られて影になっている一階の一室のドアの前にうずくまっている彼の姿が見えた。

  彼は体育座りをして膝の間に顔をうずめている。
  徐々に接近している私の存在に気付く様子もない。
  だから、声をかけた。



「谷崎くん。今日はどうして学校を休んだの?」



  愛里紗は翔の元にしゃがみ込み、うずくまってる顔を覗き込もうとして顔を傾けた。
  翔は少し顔を上げると泣き腫らしたような赤い目のまま小さく呟く。



「……昨日、久しぶりに父さんが家に帰って来た」

「えっ……」


「俺の父さん、いま一緒に暮らしてない」



  愛里紗は翔の家庭事情を知っているが、敢えて知らないフリをして小さくウンと頷いた。



「父さんが久しぶりに帰って来たと思ったら、また母さんとケンカして……。うちの両親はもうダメかもしれない」



  大人の事情に振り回されて深く傷を負い小刻みに震え泣く翔に、愛里紗は気の利いた言葉が思い浮かばない。
  ただ、翔の手の上に自分の手を重ねる事しか出来なかった。



  自宅を出たのは13時半。
  谷崎くんは一体いつから玄関前にうずくまっていたのだろう。



「谷崎くん、お昼ご飯は食べた?」

「……まだ食べてない」


「じゃあ、今すぐ食べよう!」



  愛里紗は翔の腕を掴んで身体を引っ張り起こした。
  勢いに押された翔は、泣き腫らした目をこすり、ジーパンのポケットから自宅の鍵を取り出して扉の鍵を開ける。



「入って。家には誰もいないから」



  翔が部屋の扉を開けた瞬間、家の独特な香りが鼻に漂う。

  外は日差しが強くて汗ばむほど暑いのに、クーラーが入っていないはずの部屋の中は何故か少しヒンヤリと感じた。

  彼の家は必要最低限な物しか置いていなくて、とても閑散としている。

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