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第一章

5.小さなわがまま

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  咲は翔と歩幅を合わせると、上目遣いで言った。



「私、最近新しくオープンしたラテアートをしてくれるカフェに行きたいな」

「駅から徒歩5分のところだっけ?  店名が思い出せないな」


「確か《LINK》だった気がする」

「いいよ、行こうか」



  会話が成立しただけでも嬉しくて気持ちは今にもパンク寸前に。

  本当はカフェなんてどうでもいい。
  翔くんと一緒なら何処にいても幸せ。
  3年間一途に思い続けていたから、夢が叶っただけでも嬉しい。




  二人がやって来たのはオープンしたてのカントリー風カフェ。
  木材の香りが入店したばかりの二人の鼻に漂う。

  咲はメニューを立ててコーヒーを選んでるフリをしながら、向かいに座る翔を上目遣いで眺めた。
  窓から差し込む日差しを浴びている翔は、まるでスクリーンから出てきた俳優のよう。
  長い睫毛はメニューへと向けられている。



  それぞれドリンクを注文して咲は盾としていたメニューを店員に返却すると、目線を誤魔化すものがなくなった。
  気付けばテーブル下の膝の上に置いてる手がガタガタと震えてる。

  緊張で第一声が出てこないが、翔も自分から口を開こうとしない。
  二人の会話が成立しないうちに、先ほど注文したコーヒーがそれぞれの目の前に置かれた。


  咲は店内のBGMを耳に入れながら震える手を落ち着かせるようにテーブルの下でさすっていると、翔は先に沈黙を破った。



「駒井さんって、地元この辺?」

「あっ……、うん。生まれてから街を離れた事がないの」



  二人はまるでお見合いのようによそよそしい。
  翔は無表情のままハート型にラテアートされたコーヒーを口に。



「駒井さんじゃなくて……。これからは咲って呼んで欲しいな」

「……あぁ」



  まだ無関心かもしれないけど、もう恋人だから小さなワガママくらい言ってもいいよね。



  彼は告白受け入れてくれたけど、実は私の事をよく知らない。
  告白直後に渡したメモに名前と連絡先を書いた。
  彼が知ってる情報はきっとその程度。

  恋人だけど、片想い。

  ただ、中学生の頃から三度に渡って告白したから想いは十分に伝わってるはず。
  最初は興味が無いかもしれないけど、少しずつ距離を縮めて二人で愛を育んでいこうね。

  私が必ず幸せにしてあげるからね。



  咲は長年に渡って思い続けている翔と交際をスタートさせて幸せ絶頂期のように見えるが、愛里紗の卒業アルバムを見たあの日から心に大きなしこりを抱えている。

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