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第八章

63.要らなかった人情

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  ーー目が覚めたら、ヴァンパイア城の大広間にうつ伏せの状態で倒れていた。
  涙でただれた目を見上げると、そこにはブリュッセル様が祭壇前でご立腹な様子で私を見ている。
  両手をついて立ち上がると、彼は目線を合わせたまま言った。



「君がどうしてここにいるかわかっているだろう」

「……はい。ブリュッセル様」


「君のミッションは、90日間以内にターゲットに三回吸血する事だった。……しかし、君は人情に溺れて最後の一回を見送った。それがどう言う意味だか充分にわかっているだろう」

「はい……」


「残念ながら君はヴァンパイア失格だ。それと同時に成人を迎える事は出来なくなった」

「承知してます」


「つまり、処分の対象になる。その処分というのはどういう事だかわかるかね」

「コウモリにされてしまうんですよね」


「そうだ。私のしもべとして生涯働く事になる」

「覚悟してます」



  私は身体を小刻みに震わせながら、人間界を名残惜しむかのように思い出を振り返った。
  もちろん覚悟は決まらないが、進むべき道はもう残されていない。



「今から魔法をかけてコウモリになってもらう。いいか、今から目を閉じて……」
「ブリュッセル様、お待ちください!!」



  ブリュッセル様の声をかき消したのは背中から届いた声だった。
  私達は声の方へ目を向けると、そこには黒いマントを羽織っている河合さんの姿が。
  私は彼女の予想外の登場に驚く。



美那「河合さん?」

ブリュッセル「サーヤ。君の監視勤務はもう終えただろう。今更何しに来た」


美那「えっ、河合さんが私の監視任務を?」

紗彩「ブリュッセル様……いいえ、お父様。少しお話しをさせて下さい」

ブリュッセル「……何だね?」


美那「えええっ!  ブリュッセル様と河合さんって親子だったなんて」



  美那が仰天してる中、紗彩はカツカツとヒールを鳴らせながら驚きの目を向けている美那の隣へ立つ。



紗彩「確かにミーナは吸血チャンスがあったにもかかわらず自分の手で潰してしまった」

美那「……」


紗彩「でも、ポンコツにしたのは私にも原因があります。ヴァンパイアと人間のハーフのミーナの書類を入れ替えて実母の所に送ったのは、この私ですから」

ブリュッセル「くっ……、お前か!  準備していた書類を入れ替えたのは」

美那「えっ!  私がヴァンパイアと人間のハーフ?  しかも実母って……、あのおばさんが?」


紗彩「えぇ。彼女はあなたの母親。そして、お父様が魔法でミーナのご両親の仲を引き裂いて母親の出産の記憶を消した。それは紛れもない事実です」

美那「……う、そ」

ブリュッセル「どうしてお前はそんな勝手なマネをするんだ」



  ブリュッセル様が鬼の形相で問い詰めると、彼女の目つきが険しくなった。



紗彩「間違ってるからです。……成人の儀式というもの自体が」

ブリュッセル「くっ……」


紗彩「4年前、私の大切な友人がミッションを達成出来ずにコウモリにされてしまった。理由はご存知の通り、感情を大切にしたから。そこで私は、ヴァンパイアと人間の感情を学ぶ為にターゲットに人間とのハーフのミーナを選びました」

ブリュッセル「私が人間の感情を嫌がってる事を知りながらどうして……」


紗彩「嫌がってるからこそ根こそぎ暴走を止めようと思いました」

ブリュッセル「なにぃ、暴走だとぉ!」


紗彩「えぇ。きっと人間界で嫌な思いをされたから地獄扱いしてたと思いますが、お父様の一存で他人の人生を変えるのは間違ってると思います」

ブリュッセル「なんだと!」


紗彩「ミーナはヴァンパイアとしては失格でしたが、人間としては間違ってなかったんじゃないでしょうか。私は監視役として90日間傍にいましたが、お互いを思いやるという事がとても美しいと思ったのは初めてでした。だから、見逃してあげて下さい」

ブリュッセル「ダメだ!」


紗彩「あら……?  以前了解を頂きましたよね?  万が一ミッションが失敗したらミーナの処分を私に任せると言う事を」

ブリュッセル「それは、お前が勝手に言った事だろう」


紗彩「何があっても全力で取り組むとの条件でしたので全力で取り組みました。その結果が今に至ってるので問題はありません。では、失礼します」

ブリュッセル「こ……こら!  待て、サーヤ……待たんか……」



  彼女は言い分を聞かずに表情一つ変えぬままミーナの手をがっしり掴むと、足音を立てながら扉の奥へ向かった。

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