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第四章
25.回収されたスマホ
しおりを挟む一方の冴木は、聞く耳を持たずにセイのスマホを鞄の中にしまう。
紗南と唯一の連絡手段であるスマホは、絶対渡したくない。
保健室での待ち合わせどころか、今後一切コンタクトが取れなくなる。
他は渡せてもスマホだけはダメだ。
もし返してもらえないのなら、せめてあと1度でもいいから連絡しないと。
「ダメよ」
「冴木さん!」
「言ったはずよ。貴方が今まで使っていたスマホは社からの貸与品なの。その代わり、今から別のスマホを渡すわ。連絡手段が無くなると困るから」
「そんな……」
「新しいスマホも出発日にはまた回収するから、それまでの間だけよ」
冴木は予め用意していた別のスマホを鞄から出してセイに渡した。
彼女に本音を漏らした途端、恰も準備されていたかのように残酷な結果が待ち受けていた。
セイは無言で受け取り、納得のいかない様子でスマホ画面に指を触れ電話帳をタップ。
新しいスマホの電話帳には当然紗南の連絡先は入っていない。
事務所の電話番号と、冴木とサブマネージャー 伊藤の電話番号のみ。
冴木はトラブルが遭った時を見越して予備のスマホを常備していた。
「世の中そんなに甘くない。貴方の身勝手で予定をずらしたらジュンにも迷惑がかかるでしょ」
冴木さんは俺達の専属マネージャーであるが、人生の先輩でもある。
厳しい世の中を俺らよりも長く経験してる分、頗る意見は正しい。
「ちゃんとわかってるけど……」
「恋愛するなら歌手として立派に成功してからにしなさい。今はそのタイミングじゃない」
冴木は諦めが悪いセイに言いたい事だけ伝えると、スタジオの方へと足を向かわせて扉の入り口に立っているジュンの横を通り過ぎた。
単独撮影をしていたジュンだったが、撮影から戻った途端、楽屋で口論をする2人の異変に気付いて聞き耳を立てていた。
「セイ……。冴木さんと何かあった? 喧嘩してただろ」
「あ、いや」
部屋に入り心配そうに見つめるジュンに対してセイは口を濁して首を横に振る。
今日の冴木さんはいつも以上にピリピリしていた。
留学の件で先方と連絡を取ったり、ダンスレッスン以外の希望を飲んで手配してくれたり、旅行会社に足を運んだり。
見えないところで人一倍苦労を重ねていただろう。
それに、最近は疲れていたせいもあるのか、血色が悪かった。
冴木さんは、KGKのマネジメントを全て1人で請け負っている。
俺らと同様、殆ど休暇が取れていない。
休みの日はサブマネージャーが代理を務める。
でも、休みの日とはいえ俺達の事を気にしてくれているのか、必ずといっていいほど現場に現れる。
面倒見がいいと言うよりは、成功を心から願ってる。
だからこそ、今回の甘ったるい考え方が気に食わなかったのだろう。
冴木さんには心から感謝してる。
本当に感謝してるけど、俺だって1人の人間として幸せを掴みたい。
でも、彼女に頭を上げることが出来ない。
マネージャーという職業は、現場への送迎だけじゃない。
パソコンでの事務作業
スケジュール管理
メディア関係者への出演交渉や挨拶回り
宣伝活動
担当芸能人の身の回りの世話など。
それに加え、今回は留学の手続きや準備等も同時進行だった。
しかし、彼女の場合は通常任務だけではなくて……。
38度の高熱でフラフラなクセに、気丈に振る舞いながらデビュー1年目のファーストライブに応援に来てくれたり。
台風で交通機関が乱れて足止めされてしまった時、次の仕事に遅れぬようにと10件以上のタクシー会社に連絡して、タクシーを用意してくれたり。
風邪を引いた日には、1日でも早く良くなるように自家製の生姜湯を持ってきてくれたり。
いつもぎゅうぎゅう詰めの鞄には何が入ってるのかと思ってジュンと2人で鞄を開けてみたら、夏は俺達の身体がバテないように保冷剤とミニ扇風機と麦茶。
冬には俺達が身体を冷やさないようにと、貼るカイロを10個以上に膝掛けと箱入りマスクが入っていたり。
俺達よりも帰宅が遅くて疲れているくせに、2人の誕生日には必ずと言っていいほど、手作りのクッキーを作ってお祝いしてくれたり。
用意してくれているペットボトルのお茶には、いつもマジックでひと言応援メッセージを書いてくれたり。
収録現場の出口で押し寄せて来たファンから身を守ってくれた際、転んでスーツのスカートが破けてしまっていたのに、俺達に向かって『大丈夫? 怪我してない?』なんて、自分よりも俺達の身を案じてくれたりした。
一見、鉄仮面のようでクールに見えても。
本当は人一倍愛情深くて、
自分の事なんていつも後回しで、
常に俺達の事ばかりを気にしている最大級の仕事バカだ。
デビュー前から、辛い時も苦しい時も、一緒に悔し涙を流しながら、苦労を重ねて支え続けてきてくれていた大切な仲間。
だから、俺ら2人は完璧だけど人一倍不器用な冴木さんが好きなんだと思う。
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