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20.星河の想い
しおりを挟む――十一月三十日、土曜日。
私はオーナーから頂いたチケットを持って映画館にやってきた。
ポップコーンの香りが館内を包みこんでいる。今日は土曜日ということもあって多くの観客で賑やかせていた。
ざっと見渡しても、友人同士やカップルや親子連れが多い。その中での単独行動は少し心細い。
売店でジュースを買ってから時間に合わせて入場口へ。スクリーンを横切りって座席番号を確認してから着席。上映時間まで少し時間があったので、観客の入りもまばらだった。館内CMが流れるまで残り一分になったので、スマホをマナーモードに切り替えていると、隣の座席に人が座った。何となく横目を向けると、思わず「うそ……」と呟く。
――何故なら、そこには約束もしていない星河が座っているから。
「星河、どうしてここに……」
映画館で会うなんて偶然。
しかも、席はピンポイントで隣。あり得ない状況に思わず開いた口が塞がらなくなった。
「それ、俺のセリフ。お前がここに来るなんて知らなかった」
「私も。一昨日オーナーにお客様からの頂き物だってチケットを受け取って……」
「つまり、俺らはオーナーに仕組まれたってことだよな」
館内は照明が落とされてスクリーンには映像がパッと映し出された。
私はこの隙を狙って言いたいことを伝えようと考えた。
「あのね! 私、星河に言いたいことがあ……」
「お前がいるなら映画館に来なかった。……もう映画が始まるから黙ってくれる?」
彼は不貞腐れたまま私の言葉を遮断すると、スクリーンの光を浴びたまま腕を組んだ。
いま星河が隣にいるせいか、心と理性のバランスが保てない。仲直りしたいと思っているからこそ色んな感情が降り注いでくる。映画を楽しみにしていたのに、気持ち的にはそれどころじゃない。
星河はどう思ってるのかな。
聞く耳をもたないってことは、謝っても許してくれないかもしれないのかな。
確かに先日は突き放すような言い方をしてしまったけど、このまま無視され続けたら苦しくなるよ。
暗闇の中で頬にひとすじの光が流れた。一度顎へ滴ったら、次々と後を追った。
彼にバレないように声を押し殺しながらうつむいていると……。
「俺も悪かった」
左隣からすっと伸びてきた袖が瞳に溜まった水分を吸い込ませた。彼に目を向けると、スクリーンを見たまま私に言った。
「確かにお前の言い分もわからなくない。俺と関係を断ち切りたいわけじゃなくて、ぼたんに気を使って言ったんだよな」
私は声を「んぐっ」と詰まらせながら、胸に手を当ててこくんと頷く。
「だけど、お前の言うとおり距離をとってみたのに、言い出しっぺこそが守れなかったら意味ないじゃん」
「だって、星河と離れる免疫ができてないから……」
星河と話せなくなった数日間に傍にいてくれるありがたみに気づいた。
学校やバイト。毎日一緒にいる分無意識に接していたと思っていたけど、実際は無意識なんかじゃない。星河はいつも私のことを気にしててくれたから。
すると、彼は口元を左手で覆った。スクリーンが明るくなると、そこで赤面してることに気づく。
私はその表情を見た途端、爆弾発言したことに気づいた。
「……なら言うなよ」
「だって、そうしなきゃまた無意識に人を傷つけちゃうし」
「お前の気持ちもわかるけど、幼なじみが長かったからいきなり距離をとりたいと言われても気持ちが追いつけないよ」
「そうだよね……」
「でも、言い分もわかるから時間をかけて慣らしていくのはどう? 俺はお前がピンチを迎えた時にそっぽを向くような薄情な奴にはなりたくないから」
私は星河の気持ちを考えていなかった。
自分が苦しいと思うように、星河にとってもそれが辛い壁だったんだなって。もし、私が逆の立場だったら、星河がケガをした時に真っ先に駆け寄っていくと思うし。
「うん、わかった。少しずつ考えていこう。なんか、一方的に言いたいことを言ってごめんね」
「いきなり”距離をとりたい”だなんて言われたら普通に傷つくわ」
「だよね。自分で言いつつも、いざ星河に話してもらえなくなった途端、どうしたらいいかわからなくなってた」
「……まぁ、俺の気持ちをわかってくれたなら仲直りしてやってもいいけど」
彼はそう言うと、私の前に小指を差し出した。
でも、顔はそっぽを向いたまま。照れ隠しのつもりだろうか。だから、私も彼の小指に指を絡ませてゆびきりげんまんをした。
すごく単純でバカバカしいかもしれないけど、お互いにわかり合えたこの瞬間はケンカする前よりも幸せだった。
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