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第十一章

77.動かない足

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  梓は一番近くのバス停に到着すると、ちょうど来たばかりのバスに飛び乗った。
  手すりに掴まってハァハァと息を切らしながら進行方向へ目を向ける。



  間に合うかな。
  倒れてないかな。
  私に助けを求めるくらいだから、ご両親とは連絡がつかないのかな。
  他に頼る人がいないから連絡してきたんたよね。
  もし家で倒れていたらどうしよう。



  バスの中で不安に押し潰されてる間、先生から何度も着信が……。
  でも、電話に出れなかった。
  今は先生の事を考える余裕がない。



  梓はバスを降りてから電車を乗り継ぎ、走って蓮の自宅を目指した。
  駅から走って7分後、蓮の自宅に到着。
  震える指先でインターフォンを押すと……。



「おー、来た来た。お前、メッセージの返事くらいしろよ。今から一緒に昼メシ食おう」



  玄関の向こうから出てきたのは、明るい声で出迎えた蓮。
  体調不良どころか、普段と何一つ変わらない様子に見える。
  逆にゼーゼーと息を切らしてる私の方が具合が悪そうだ。

  推測とのギャップに拍子抜けしたけど、念の為に聞いた。



「具合が悪いのでは?  見た限りではピンピンしてるようだけど……」

「えっ!  具合?  あぁ、そうだった……。ゴホゴホ……。今朝から調子がイマイチで(不治の病中だった事を忘れてた……)」



  指摘した途端、何故か咳き込む蓮。
  明らかに疑わしいし胡散臭くもある。
  でも、体調不良のところを見せたくなくて現況を偽ってる可能性もあるので、安静にさせる事を念頭に置いた。



「そんなに具合悪いなら、ご飯を食べてから横になった方がいいんじゃない?」

「いや、飯食ってから一緒に勉強しよ。期末テスト間近だし」



  もう咳は一止まってるし、顔色は悪くない。
  声もいつも通りだし……。
  やっぱり健康状態に問題はなさそうに見える。
  しかも、具合悪いクセに一緒に勉強しようとか訳わからない事を言ってくるし。



  蓮の無事な様子を見て安心したせいか、見失っていた理性を取り戻した。



「勉強する元気があるって事は、私の手が必要なレベルじゃないって事よね」

「えっ、ゴホゴホ。……ん、まぁ(やべぇ、仮病がバレたかも)」



  明らかに怪しい蓮の言動に疑いの眼差しを向けた。



「あのさぁ、蓮が『助けて』ってメッセージを送ってきたから、先生とのデートをキャンセルしてここまで来たんだよ。そんなに元気なら先生の元に戻るね。午後から約束していたサーカスが始まっちゃう」



  丸投げしてきた状況を思い出した瞬間、我に返った。
  先生は車を飛び出して行った私を見てどう思ったのかな。
  きっとショックを受けたよね。
  ここに来る最中何度も着信があったから、気が気じゃなかったはず。


  でも、蓮の身体が無事なら早く先生の元に戻らないと。
  凄く心配してると思うし、午後からのサーカスも楽しみにしている。



「じゃあ、先生が待っているからもう行くね」



  梓はそう言って蓮に背中を向けて、まだ間に合うかもしれないサーカスに向かおうとした。
  ところが、蓮は玄関から一歩前に出て梓の右手を握りしめた。



「行くな……」



  そう言った蓮の真剣な眼差しは、振り返った梓の目を釘付けにさせた。



「何言ってるの?  私はいま先生とデート中で、午後からバックルのサーカスが始まっちゃ……」
「じゃあ、何で俺んトコに来たの?  お前にとってはデメリットしかないのに」

「それは、蓮の事が心配……」
「お前は自分の意思でここに来たんだろ。高梨あいつと一緒にいても、俺の事を考える隙があったって事だよな。……もしそれが正解なら、あいつんトコに行くな」


「蓮……」

「いまお前の気持ちが揺れてんのに、行かせるつもりなんてないから」



  そう………。
  私は誰に強制される訳でもなく、自分の意思でここに来た。
  蓮を放っておく事も出来た。
  自分の代わりに大和や奏に頼む事も出来た。

  でも、何故か見て見ぬふりは出来なかった。



  蓮は王様。
  別れた今でも王様。

  私達はもうとっくに別れているのに……。
  蓮は別れた今でも私の心を支配している。

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