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第二章 アーレントと友三爺さん

第15話 ドワーフの覚悟

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 柴さんから「柳ケ瀬風雅商店街」の目玉商品を探して欲しいと頼まれた俺は、源さんと共に次の日の9月19日、木曜日の早朝からサーマレントにやって来た。源さんは非常にやる気だ。だがしかし、目玉商品が簡単に見つかるわけではない。
 
 「まあ、柴さんは魚屋だから、まずは魚から探しに行くか。まずは源さん、お魚さんから...」と言いかけた時、何となく俺たちのいる前方から、異様な気配を感知した。
 
 なんだ、この何ともいえない違和感?イヤな気配を感じる...何か良くないことがこの近隣で起こっている様な気がする。
 
 俺のナビゲーションシステム、“森本オレさん”に感じた違和感について尋ねると、「ここから3km程先で、エルフとドワーフ、獣人、そして人族を含めた7人の集団が10匹程のシルバーウルフと戦っている。気を付けるんだよ。太郎」と教えてくれた。
 
 親切設定だな。俺のナビゲーションシステム。そして魔物と戦っている7人の中には怪我人も含まれており、危険な状態とも教えてくれた。
 
 獣人にドワーフ...。もう本格的なファンタジー小説の中にいるんだな。どんな外見をしているんだろう?いかんいかん、まずは人命救助が優先だ。
 
 「ご主人様、助けてあげるんだわん!可哀そうだわん!!」
 
 俺の足元から、真直ぐに見つめる黒豆しばの源さん。人情家だ。人じゃないけどね。
 
 「そうだね、源さん。もちろん助けに行こうね」と源さんに告げると、嬉しそうに「了解だわん!!」と尻尾をぶんぶんと左右に振った後、地面をカリカリと擦っている。やる気十分の様だ。
 
 さあ、魔物に襲われている人たちを助けに行こう、源さん!!
 
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 
 ちょうど太郎と源さんが、サーマレントに降り立つ少し前のこと。
 
 大型の馬車と、その脇に置かれた小さな馬車の周りに、11匹ものシルバーウルフたちが統率のとれた陣形を成して取り囲んでいた。
 
 グルルルルルル~、グルルルルルル~~...。
 
 少し遠巻きで、ギラギラした瞳で睨みをきかし、取り囲んだ者達を逃がすまいとしている。
 
 当初、シルバーウルフたちは20匹以上の群れで、この2台の馬車を取り囲んだ。

 どうやらこの魔物たちの目当ては、馬車の中に積まれた大量の干し肉や果物、黒パン、干物の様で、よだれを垂らしながら執拗に馬車の中に押し入ろうとする。いや、それだけではなく、隙あらば邪魔をする護衛たちをも、食い殺そうとしているのかもしれない。
 
 しかし襲われる方も黙っているわけでは無い。黙っていたら無残に食い殺されるだけだから。
 
 馬車の持ち主である、アーレント商会現会長、サイモンが雇った護衛の6人が危険を察知し、シルバーウルフとの壮絶な戦闘となった。護衛たちはシルバーウルフの数の多さに苦戦を強いられている。
 
 なんとか死力を尽くして、雇い主であるサイモンを6人で守りつつ、少しずつシルバーウルフの数を減らしてる。
 
 6人は“飲んで飲みつぶれてまた眠るだけ”通称、“飲みつぶ”のメンバー6人で男性4人、女性2人のチーム。
 
 ランクはC。連係プレイを得意とする、息の合ったチームであった。しかし今回は非常に分が悪かった。
 
 シルバーウルフは群れで得物たちを襲うことで知られている。しかし、シルバーウルフたちの群れは多くても6,7匹である。それ以上となると、経験上あり得なかった。
 
 シルバーウルフの群れはボスの力が反映される。群れの数が多くなるほど、ボスの支配力も高まる。
 
 要するに多くのシルバーウルフを統率するするボスは、強敵という事となる。群れの後ろでただじっと戦況を見つめている、ひときわ大きな個体...。どうやらあれがここのボスの様だ。

この群れのボスは、どんなに仲間の数が減って行こうと動こうとしない。それが逆に“飲みつぶ”のメンバー達に、得体のしれないプレッシャーを与えている。
 
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 
 「おいおい、このままじゃ、わしらはやられてしまうぞ...」 
 
 右の下腿をえぐり取られるように噛みちぎられ、片足を引きずるようにしか、動けなくなってしまったドワーフのバロンが呟いた。
 
 同様に腹部をシルバーウルフに蹴られ、痛みのために動けなくなったエルフのエメリアを庇いながら、なんとか持ちこたえていた。エメリアの腹部はどす黒く変色、そして腫脹し、熱感も帯びている。腹の中の臓器がやられてしまったのだろう...。
 
 「動ける者から、サイモンさんを連れて逃げるじゃ!」 
 
 大声を張り上げ、仲間に逃走を促した。 

 「あなたも逃げれるでしょう!片足は健在なんだから。早く逃げなさいよ!ドワーフに看取られるなんてまっぴらごめんよ!」

 そう言った後にエメリアは、痛みに顔をゆがませながらバロンを見上げた。
 
 「わしは...もう少し、シルバーウルフと戦いを楽しみたいのでの。ここに...残る」
 
 そう言った後、バロンはウィスキーボトルの中身をグイっと喉に流し込んだ。
 
 そんなバロンの言葉を聞いたエメリアは、溜っていた感情が決壊したかのように、「馬鹿じゃないの!エルフを庇って死ぬドワーフなんて、聞いたことがないわよ!逃げなさいよ!このくそドワーフが!」 
 
 涙声で言葉を詰まらしながら、バロンに罵声を浴びせた。
 
 汚い言葉を浴びせられたバロンは、冷静な瞳でエメリアを見つめた後、「わしはエルフを助けるんじゃない。メンバーのエメリアを助けたいだけじゃ。勘違いをするでない、このくそエルフ!!」
 
 バロンは覚悟を決めた目で、エメリアを見つめながら言い切った。
 
 「この、くそドワーフが...」と、エメリアがバロンに何かを言おうとしたその時!!
 
 言い合っている2人のスキを突くかの様に、一匹のシルバーウルフがバロンの右腕めがけて死角から襲いかかってきた!!
 
 ガグワァァァァァァァァ!!!
 
 「しまった!!」とバロンがそう思ったが...。
 
 ズギュッ~!!
 
 バロンに襲いかかってきたシルバーウルフの喉元に、鉄製のナイフが突き刺さった。
 
 斥候のサイアスが、「爺さん、たわごとを言っている暇なんかねーよ!!」と言いいながら、ナイフを外側に流して、シルバーウルフの喉元を掻っ切った。
 
 バロン、エメリア、そしてサイアスの足元には、喉元から血をブクブクと流しながら数十秒間、身体全体を痙攣させた後、屍と化したシルバーウルフスが横たわっていた。
 
 そんなシルバーウルフの存在など、とうの昔のことのようにバロンは、「動けるお前が、サイモンさんを連れて逃げろ!!」と、いよいよ余裕がなくなってきたバロンは、一人でも優秀な若者をこの死戦の場から遠ざけようとした。
 
 だがサイアスは、「なーに、サイモンさんの周りにはジンとベレッタ、ムーグがいる。もしもの時はあいつらがなんとかするさ」と言って、ここから動こうとしなかった。
 
 「それに俺も、メンバーを見殺しにするのはごめんだ。爺と見た目だけは若い、婆エルフを助けに来てやったよ」と言い切った。更に...サイアスは。 
 
 「それに...あのボスは強い。体勢を立て直して、複数で挑まなきゃ、あいつには、まず勝てねえよ...」 
 
 そうバロンに告げると、サイアスはウィスキーボトルを奪い、中身を飲み干した。
 
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 
 ピリピリとした緊張感が漂い、至る所にシルバーウルフたちの死体が転がる戦場...。
 
 そんな戦場の緊張感を、ぶち壊しにする男がこの場に現れた。
 
 「あのー...大丈夫でしょうか?うわー痛そうですね。この今の状況は、狼に襲われているんですよね?何なら私たちでよろしければ、お助けしましょうか?」 
 
 「そうですわん。助けてあげるだわん!」 
 
 「はぁ~⁉︎」 
 
 バロン、エメリア、サイアスはハモってしまった。
 
 何だこの男の緊張感の無さは⁉︎
 
 それにすごく動きやすそうな服で、寝間着かそれは?それに後ろにいるのは話す犬⁉︎この男も犬も新種の魔物、魔族⁉︎分からん⁉︎
 
 「えーと。そこのずんぐりむっくりさん、足が痛そうだ。治してあげるあげるか...」
 
 太郎はバロンに向かって小声で呟いた。エメリアにははっきりと聞こえていた...。まあ、確かにバロンはずんぐりむっくりだけど...。
 
 バロンの足を見せてもらう。うわー、足の肉がえぐられて骨が見えているよ!!悪いけど気持ち悪くなってきちゃった。吐きそう。精肉やの息子だけど、こういうのは無理...。
 
 でも、痛そうだし頑張らないと。治療魔法と組織再生、消毒効果も付けてっと。さ~念じて~、完成!
 
 「じゃ―そこの人、動かないで下さいね。いきますよ。“キュア”!」

 太郎は、バロンめがけて魔法を唱えた。
 
 するとバロンの傷がみるみると治っていく。
 
 「うぉ?こ、これは?痛みが治まっていく。おお⁉︎えぐられたところも治っていく⁉︎」
 
 バロンは驚いた。信じられない現象を目の当たりにした。失ったものを再生する魔法など、見たことも聞いたことも無かった。でもこの目の前のお方は、実際に行ってみせた。
 
 「御見それしました。どこぞの神官様か。申し訳ございませんでした、無礼な態度をとってしまって...」
 
 まだ、バロンは太郎に向かって何か語ろうとするが、「親父、親父!バロンの親父って、落ち着けって!!」とサイアス言われ、肩をつかまれた。
 
 「なんだサイアス!邪魔をするな、身なりは奇抜だが神聖魔法をお使いになられる高位なお方じゃぞ!無礼に当たるだろ!すぐにお前も、あのお方の目の前で謝るのじゃ!!」と、バロンはサイアスに向かって𠮟りつけた。

 しかしそこには、太郎の姿はなかった。 
 
 「親父、落ち着けって!あれを見てみろよ。神聖魔法の使い手様が、シルバーウルフをパンチで倒せるか?それも、全部一発で倒しているぞ⁉︎」 
 
 サイアスは信じられないものを見るかのように、太郎をみながらバロンに言った。
 
 後は...あのでかいのだけか。人を襲っちゃ駄目だよな。可哀そうだけど肉にしちゃおっかなぁと、先ほどまで、ボスと呼ばれていたシルバーウルフの所に向かう太郎の横を、黒い物体が俊足で駆け抜けていった。
 
 「ご主人様、わんがやりますわん!」 
 
 自分の何倍もあるシルバーウルフの方に向かって、いきなりトップスピードで向かって行った。
 
 ドッゴーン!
 
 源さんはオークを倒した時と同様に、シルバーウルフの腹部に向かって、強力なヘッドバッドを食らわせた。そのシルバーウルフのボスは、そのまま、2度と立ちあがることは無かった。
 
 無事、襲われている人たちを誰一人と亡くすことなく助けることができた。よかった、よかったと思う、太郎と源さんであった。
 
 ただ、残された者たちは頭がパニックになりそうなほど混乱していた。

 強力な神聖魔法と体術を使う男。そして、自分たちの理解できる言葉を話し、太刀打ちできないと思われたシルバーウルフのボスを一撃で倒した可愛いワンちゃんを見つめていた。
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