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第八章 | 守銭奴商人 vs 性悪同心

守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ壱

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暁七つ。まだ暗いうちに起き出し、井戸の水で水浴びをする。桶で3杯、頭、右肩、そして左肩。すべて同じ水の量をかけていく。水を一杯飲み、髭を剃り、月代(さかやき)を剃る。

それらは村岡にとって儀式のようなものだった。一分の狂いもなく、毎日同じことを繰り返す。そうすることで、すべての物事も滞りなく進むのだ。

しかしこの日、ありえないことに乾布摩擦用の手ぬぐいがいつものものではなかった。長さも硬さも全く違う。これで一体どうやって乾布摩擦をしろというのだ。村岡は顔を真っ赤にすると大きな声で叫んだ。

「ふざけるな!全員庭に出ろ!今すぐにだ!」

手ぬぐいを間違えたのは、新しく入った女中だった。図々しくもまた布団の中だったのであろう。慌てて身なりを整えたのが丸わかりの様子で、村岡の足元にひれ伏す。

「申し訳ございません……!申し訳ございません……」

ぶるぶると震えるその背中を、村岡はじりじりと踏みつけた。

「何が申し訳ないんだ?決められた手ぬぐいすらも用意できない奴にそんなこと言われたところで、耳が穢れるだけだ。婆もそう思うだろう?」

突然話を振られた年配の女中は、顔が引きつらせながら頷いた。

「手ぬぐいが間違っていたせいで、乾布摩擦ができなかった。ほら見てみろ。もう空が白み始めてしまったではないか。辰の刻までには刀の手入れをする必要があるのに、どう責任をとってくれるんだ?あーあ、お前ごときのせいで下の町の平和が脅かされてしまうかもしれないな……」

村岡は薄ら笑いを浮かべながら、さらに女中の背中を強く踏みつける。

「申し訳ございません……」

消え入りそうな謝罪の声に、心底忌々しそうな顔をすると「お前はクビだ。あとこいつをこの屋敷に連れてきたやつもついでにクビにしておけ」と唾を吐き捨てた。

―あの日からすべてがうまくいかない

村岡は腹のむかつきを抑えるために、研磨部屋へと籠った。薄暗い部屋はしんっとしており、その独特のにおいは心を静めてくれる。

亡き父は腕利きの刀鍛冶だった。熱した鋼の堂々とした赤、火花の弾ける音。キンとかコンとか耳が震える様な鎚の音色がとにかく好きで、よくこっそりと父の作業部屋を覗いた。

『五行の恵みと造り手の魂がしっかりと込められた日本刀には、神が宿る。だからこそ、職人はその魂を常に最高位まであげておく必要がある』

父が繰り返し口にしていた言葉だ。

村岡はすらりと剣を抜くと、砥台の上に置いた。刀鍛冶でも研師でもないが、自分の刀は毎日自分で手入れをするようにしている。刀を研ぐことで、自分の感覚も研ぎ澄まされるように感じるからだ。怒りに翻弄されれば、目の前の機微に気づけなくなる。だから今日のような日には、特に刀研ぎが必要だった。

ざっ ざっ

砥石の音を聞きながら、村岡は物思いにふける。

―思えば、あの日からすべてがうまくいかない。

ギリギリと歯ぎしりしたくなる気持ちを必死で抑え込み、村岡は刀に集中する。

柳やの娘が座敷牢から突如として消えた。その日から、なんだかすべてがしっくりこないのだ。

「どぶに落ちて流れていった」などと戯言を抜かしていたが、そんなわけがあるはずがない。座敷牢の長だかなんだか知らないが、近く打ち首にしてやる必要がある。

力を入れすぎたのであろう。気づけば、手の甲には青筋が何本も浮かんでいた。
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