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第七章 |老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する
老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ玖
しおりを挟む薬研(やげん)で麦芽を砕きながら、喜兵寿と直はホップを入手するまでの出来事を幸民に話して聞かせた。本当はつるのことを聞きたかったが、どうしてもその名を口にすることができなかったのだ。
下の町の人間から話を聞いてしまえば、それが確固たるものになってしまう。喜兵寿は、ゴリゴリという音を聞きつつ、ぼんやりと宙を見つめていた。
「それで?ほっぷが手に入ったということは、もうびいるを造れるのか?」
一人酒を飲みながら、幸民は言った。
「おう!この麦芽が砕き終わったら、早速ビールを仕込んでみようと思ってる」
麦芽を砕くのは容易ではなかったが、直は根気強く薬研を動かし続ける。幸民はざるに置かれた麦芽を一粒つまむと、口の中に放り込んだ。
「これはつるが作ったものなのだろう?あまりうまいものではないな」
「つる」という単語に、空気がピリッと張り詰める。
「お前たち、つるの話はもちろん知っているのであろう?」
「……はい、飛脚の新之亟が堺まで知らせに来てくれました」
喜兵寿は吐き出すように言った。
「そうか」
「俺は……俺は必ずつるの仇を打ちます」
喜兵寿は怒りで体が震え出すのを感じていた。一度口にしてしまえば、その思いは堰を切ったようにあふれ出してくる。
「新之亟から話はすべて聞きました。つるは何もしていない!村岡に濡れ衣を着せられただけだ!」
幸民は黙ってうなずく。
「戻る船の中で、どうやって村岡に復讐をしてやろうか。そればかりを考えていました。吐きながら、のたうち回りながら、殺すことばかりを考えていた」
口から出した怒りは、体の中に戻りぐつぐつと煮えくり返る。喜兵寿は全身がゆらゆらと青い炎で包まれていくようだった。
「でもやめました。それでは自分が捕まって、つるが愛した柳やさえもなくすことになってしまう。だから違う方法で復讐をすることにしたんです」
喜兵寿は幸民をまっすぐに見つめ、言った。
「村岡が命じられていたのは、恐らくびいるを黒船に届けること。でもそれが出来なかった。だからその罪をつるに負わせたんです。だとしたら、俺らがびいるを造ればいい。そしてそれで仇を打つ、そう決めました」
喜兵寿は大きく息を吸うと、その場で土下座した。
「どうぞ!お知恵をお貸しください!」
幸民は煙管に火をつけると、静かに頷く。
「もちろんだ。その仇討ち、乗らせてもらおう」
「ありがとうございます……!」
「そう何度も頭を下げずともよい。こちらとしても、柳やの酒と料理が食えなくなるのは死活問題だからな」
再び頭を下げる喜兵寿の背中を、幸民はポンポンっと叩く。
「さて。そのかたき討ちに、もう一人最適な人物がいてな。紹介しよう」
そう言って、幸民は奥の間の襖を開けた。
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