上 下
98 / 125
第七章 |老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する

老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ玖

しおりを挟む

薬研(やげん)で麦芽を砕きながら、喜兵寿と直はホップを入手するまでの出来事を幸民に話して聞かせた。本当はつるのことを聞きたかったが、どうしてもその名を口にすることができなかったのだ。

下の町の人間から話を聞いてしまえば、それが確固たるものになってしまう。喜兵寿は、ゴリゴリという音を聞きつつ、ぼんやりと宙を見つめていた。

「それで?ほっぷが手に入ったということは、もうびいるを造れるのか?」

一人酒を飲みながら、幸民は言った。

「おう!この麦芽が砕き終わったら、早速ビールを仕込んでみようと思ってる」

麦芽を砕くのは容易ではなかったが、直は根気強く薬研を動かし続ける。幸民はざるに置かれた麦芽を一粒つまむと、口の中に放り込んだ。

「これはつるが作ったものなのだろう?あまりうまいものではないな」

「つる」という単語に、空気がピリッと張り詰める。

「お前たち、つるの話はもちろん知っているのであろう?」

「……はい、飛脚の新之亟が堺まで知らせに来てくれました」

喜兵寿は吐き出すように言った。

「そうか」

「俺は……俺は必ずつるの仇を打ちます」

喜兵寿は怒りで体が震え出すのを感じていた。一度口にしてしまえば、その思いは堰を切ったようにあふれ出してくる。

「新之亟から話はすべて聞きました。つるは何もしていない!村岡に濡れ衣を着せられただけだ!」

幸民は黙ってうなずく。

「戻る船の中で、どうやって村岡に復讐をしてやろうか。そればかりを考えていました。吐きながら、のたうち回りながら、殺すことばかりを考えていた」

口から出した怒りは、体の中に戻りぐつぐつと煮えくり返る。喜兵寿は全身がゆらゆらと青い炎で包まれていくようだった。

「でもやめました。それでは自分が捕まって、つるが愛した柳やさえもなくすことになってしまう。だから違う方法で復讐をすることにしたんです」

喜兵寿は幸民をまっすぐに見つめ、言った。

「村岡が命じられていたのは、恐らくびいるを黒船に届けること。でもそれが出来なかった。だからその罪をつるに負わせたんです。だとしたら、俺らがびいるを造ればいい。そしてそれで仇を打つ、そう決めました」

喜兵寿は大きく息を吸うと、その場で土下座した。

「どうぞ!お知恵をお貸しください!」

幸民は煙管に火をつけると、静かに頷く。

「もちろんだ。その仇討ち、乗らせてもらおう」

「ありがとうございます……!」

「そう何度も頭を下げずともよい。こちらとしても、柳やの酒と料理が食えなくなるのは死活問題だからな」

再び頭を下げる喜兵寿の背中を、幸民はポンポンっと叩く。

「さて。そのかたき討ちに、もう一人最適な人物がいてな。紹介しよう」

そう言って、幸民は奥の間の襖を開けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

処理中です...