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第六章 | クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花
クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花 其ノ捌
しおりを挟む翌朝、喜兵寿と直は道修町薬種屋仲間へと向かった。小西が話をつけておいてくれたので門をくぐることはできたが、前回と同じ門番が嚙みつかんばかりの勢いでこちらを睨んでくる。
「ひえ、あいつめっちゃ目つき悪いんだけど。相変わらずやな感じだな~文句いってやろうかな」
「部外者が中に入るのが気に入らないんだろ。突っかかるんじゃない」
薄暗い広間に通されると、そこには小西がいた。高座に座っているからだろうか、昨日よりも迫力がある。
「よく来たな。ほっぷはそこに用意しておいた」
見ると、美しい漆器の中に薄黄色の松かさのようなものがたくさん入っている。それを見た直は「ホップだ!」と叫び駆け寄った。
「これだよ、これ!喜兵寿見てみろよ、これがホップ!すげえ、本当にあった!」
「これがほっぷ……」
喜兵寿は恐る恐るホップを持ち上げると、自分の手のひらに置いた。かさかさとした手触りで、重さはほぼ感じない。これをどのように使うのかは全くイメージできなかったが、この植物の持つ重要さを知っているからか、小さく光り輝いて見えた。
「清から取り寄せた、この生薬名は啤酒花。消化促進や鎮静効果、筋肉弛緩などの効果が期待できる。最近不眠がちだ、と話していたら馴染みの商人が紹介してくれてな。最近入手したばかりの品だ」
小西は脇に控えていたお付きのものに「下がってよい」と声をかけ、自身も漆器の傍へと座る。
「この生薬をまさか酒造りに使うとはな。想像もしていなかった」
小西はホップをひとつつまむと、躊躇なく口の中へ放り込んだ。
「……まあ、やはりうまくはないな。この生薬で造る酒など全く想像もできん」
眉根をひそめて、必死で飲み込もうとするその顔を見て、直は思わず噴き出した。乾燥ホップなんてそのまま食べれる代物ではない。
「そりゃあそうだ!そのまま食ったらまずいに決まってる」
「……そうか」
小西は少し咳込みながらいう。
「これはただの興味なんだが、このおかしな味の生薬を一体どのように酒に使うか、教えてくれないか?」
「そりゃあもちろん!喜んで」
ビールのことであれば一晩中だって話せる。直は勢い勇んでホップについて話し出した。
ホップはビールに香りと苦みを与えるものだ。ビール造りでどのホップを投入するかで(ホップの種類は300種類以上ある)柑橘の香りや花のような香り、草のような香りなどビールの持つ香りが変化する。
複数のホップを組み合わせたり、投入するタイミングを変えたり。少しの違いでホップはその表情を色鮮やかに変える。それはまるで魔法のようで、何度ビールを仕込んでもその面白さに毎回目を見張ったものだった。
「ホップを使うことで、ビールがみかんのような香りになったり、松のような香りになったりするわけ。あとは泡持ちもよくなるし、防腐効果もあるから腐りにくくなる」
直の話を小西と喜兵寿は食い入るように聞いていた。途中「他にはどのような香りの酒ができるのか」「どうやって酒に入れるのか、入れた後はどうするのか」など、どんどんと質問をするため、気づけばあっという間に数時間が過ぎていた。
「おかげで新たな世界を知ることができた。感謝する」
小西はそういって深々と頭を下げると、「おい、膳を持て!」と部屋の外に声をかけた。
「もう昼餉の時間だ。用意してあるからよかったら食っていってくれ」
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