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第六章 | クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花
クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花 其ノ伍
しおりを挟む「小西……?はて、どこかで聞いたような……」
喜兵寿は記憶を辿ろうとするも、なおの「乾杯!」という大声にかき消されてしまった。
「小西さんはここら辺の人なんだよな?この店は馴染み?よく来るの?」
「すっぽん煮だっけ?ものすごく旨かったんだけど、他の料理でオススメある?」
「小西さんって呼びづらいから、にっしーって呼んでもいいか?」
なおが話しかけるも、小西はまるで一人でいるかのように黙々と無表情で酒を飲んでいる。それでも時々「うむ」とか「いや」とか返事をしているので、嫌々というわけでもなさそうだった。
「酒が好きな奴に悪い奴はいない。酒好きはみんなトモダチ」がモットーのなおは、小西の反応など気にせず一人で楽しそうに話を続けている。
「それにしてもこの酒本当にうまいよな。柳やの酒もうまいけど、それとはまた別方向のうまさでいい!」
「そうだな、この酒に関してはぜひ造っている蔵を見てみたい」
喜兵寿が追加の酒を頼もうと手をあげると、ずっと黙っていた小西が口を開いた。
「その酒は本当にうまいか?」
まっすぐに前方を睨んだまま呟く。
「本当にうまいと思うか?」
「もちろん!」小西の声に被せるようになおが叫ぶ。
「めちゃくちゃうまいよ。俺、舌には絶対的に自信あんだよね。それに種類は違えど、俺も酒の醸造に携わる身。酒の善し悪しはわかるつもりだぜ」
どや顔のなおを小西はじっと見つめ、次いで喜兵寿の顔を見た。黙ったまま、能面のような顔で目をのぞき込んでくる。
「ああ、この酒はうまいよ。珍しい味わいだが、きちんと酒の本質を突いている。俺の実家も酒蔵だからさ、正直悔しいくらいだよ。悔しいけど、下の町でやっている居酒屋で出せないかと真剣に考えている」
小西は静かに目をつぶると、ふうっと小さく息をついた。
「……二人とも酒に関わる者か。お前たちはどうして酒を生業に選んだ?」
小西の声はどっしりと響き、空気がピリリと張り詰める。一挙一動が重たい人物だ、恐らくどこぞやの役人とかなのだろう。そんなことを考えながら喜兵寿は口を開いた。
「そうだなあ……いろいろ理由はあるが、やっぱり酒が好きだからだろうな」
小さな頃から酒は身近にあって、尊敬する父や祖父が酒を造る姿に憧れ続けてきた。結局酒を造ることは諦めたが、それでも酒との関係を断つということは一瞬たりとも考えはしなかった。
語りだせば、自分の人生をまるっと話すことになる酒との関わり。それは結局「酒が好きだ」という言葉に尽きる。
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