上 下
78 / 125
第六章 | クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花

クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花 其ノ伍

しおりを挟む

「小西……?はて、どこかで聞いたような……」

喜兵寿は記憶を辿ろうとするも、なおの「乾杯!」という大声にかき消されてしまった。

「小西さんはここら辺の人なんだよな?この店は馴染み?よく来るの?」

「すっぽん煮だっけ?ものすごく旨かったんだけど、他の料理でオススメある?」

「小西さんって呼びづらいから、にっしーって呼んでもいいか?」

なおが話しかけるも、小西はまるで一人でいるかのように黙々と無表情で酒を飲んでいる。それでも時々「うむ」とか「いや」とか返事をしているので、嫌々というわけでもなさそうだった。

「酒が好きな奴に悪い奴はいない。酒好きはみんなトモダチ」がモットーのなおは、小西の反応など気にせず一人で楽しそうに話を続けている。

「それにしてもこの酒本当にうまいよな。柳やの酒もうまいけど、それとはまた別方向のうまさでいい!」

「そうだな、この酒に関してはぜひ造っている蔵を見てみたい」

喜兵寿が追加の酒を頼もうと手をあげると、ずっと黙っていた小西が口を開いた。

「その酒は本当にうまいか?」

まっすぐに前方を睨んだまま呟く。

「本当にうまいと思うか?」

「もちろん!」小西の声に被せるようになおが叫ぶ。
「めちゃくちゃうまいよ。俺、舌には絶対的に自信あんだよね。それに種類は違えど、俺も酒の醸造に携わる身。酒の善し悪しはわかるつもりだぜ」

どや顔のなおを小西はじっと見つめ、次いで喜兵寿の顔を見た。黙ったまま、能面のような顔で目をのぞき込んでくる。

「ああ、この酒はうまいよ。珍しい味わいだが、きちんと酒の本質を突いている。俺の実家も酒蔵だからさ、正直悔しいくらいだよ。悔しいけど、下の町でやっている居酒屋で出せないかと真剣に考えている」

小西は静かに目をつぶると、ふうっと小さく息をついた。

「……二人とも酒に関わる者か。お前たちはどうして酒を生業に選んだ?」

小西の声はどっしりと響き、空気がピリリと張り詰める。一挙一動が重たい人物だ、恐らくどこぞやの役人とかなのだろう。そんなことを考えながら喜兵寿は口を開いた。

「そうだなあ……いろいろ理由はあるが、やっぱり酒が好きだからだろうな」

小さな頃から酒は身近にあって、尊敬する父や祖父が酒を造る姿に憧れ続けてきた。結局酒を造ることは諦めたが、それでも酒との関係を断つということは一瞬たりとも考えはしなかった。

語りだせば、自分の人生をまるっと話すことになる酒との関わり。それは結局「酒が好きだ」という言葉に尽きる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

兄の悪戯

廣瀬純一
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

処理中です...