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第六章 | クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花

クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花 其ノ参

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身分の高い人物というのは、見た目はもちろんのこと、醸し出す雰囲気でわかるものだ。初老の男は姿勢正しく長椅子に腰掛け、まっすぐに前を見つめたまま酒を飲んでいた。着物のことはよくわからないなおでさえ、その羽織が高価なものであるとわかる。

身にまとう空気が張りつめているというか、ずっしりと重いというか……とにかく「気軽に話しかけてはならない」という雰囲気がビンビンにしていた。

が、そこは空気を読まないことを得意とするなおだ。1人寡黙に飲んでいる男に向かって、「こんちわ~」と突っ込んでいった。

「お楽しみ中、すみませんね。ちょっとここいらのことで聞きたいことがあって」

なおがにこにこと話しかけるも、男はちらりとこちらを見ただけで、また視線を元に戻してしまった。

「あ、自己紹介を先にすべきでした。自分は久我山なおと言います。ビール……えっと、酒の一種をつくる仕事をしていて。それでその酒を造るための材料を探していて」

なおは男の右左を行ったり来たりしながら話しかけ続ける。

「ま、そんなことお兄さんには関係ないっすよね。ところで今なんの酒飲んでるんすか?俺らも今から一杯飲もうと思ってて。オススメとかあったら教えてほしいなって」

「……」

しかし男は黙ったままだ。しまいには眉をひそめたまま、目をつぶってしまった。どんなに話しかけてもまるで自分が存在しないかのような扱い。さすがのなおも心が折れ、すごすごと喜兵寿の元へと戻った。

「きへいじゅー。あのおっさんめっちゃ無視するんだけど」

しかし喜兵寿はと言えば、手元に届いた日本酒に夢中になっていた。

「これは俺の知っている酒とは全く異なる味わいだ……この数年の主流は辛口だったが、これは時代が動くかもしれない!小さい酒蔵がここまでの酒を醸しているとは……嗚呼、西の方にもっと目を向ける必要があった」

よほど美味いのだろう。酒に向かって一人でぶつぶつと話し続けている。

「なんだよ!喜兵寿まで無視すんなって。まったく真剣にやってるの俺だけかよ」

なおは喜兵寿の手元から徳利を奪い取ると、ごくごくと喉に流し込んだ。少し熱めのそれは、口の中を経由する瞬間に、大きく美しい花を咲かせた。香りがとにかく強く、それでいて繊細。雑味などは一切なく、フルーティで華やかな印象をきれいに残したまま身体に染み込んでくる。

「やば!!!なんだこれ。めちゃくちゃ美味いんだけど!」

なおが思わず叫ぶと、喜兵寿も満面の笑みで立ち上がった。

「だろ!すごいよな!」

「なんか、こうぶわあああっと絵が浮かぶような味わいだな!あのさ、ビールってスタイルによって香りの立ち方、というか香りの印象が全然違うんだけど、時々「絵が見える」ビールってあるんだよ。それをすっごい思い出した」

「なんだ、その興味深い話は!もっと詳しく話してくれ。親父、同じのあと2合追加で!」

うまい酒と言うのは一瞬にして人を虜にするものだ。喜兵寿となおは「情報収集をする」という目的をすっかり忘れ、美酒の快楽に溺れた。というか自ら溺れにいった。

酒をつまみに酒を飲む。目の前の日本酒を讃え、親父からこの酒についての歴史やこだわりを聞く。「うまい酒との出会い」を灯りにした時間というものは、とにかくすべてを後にまわしたとしても2人にとって大切なものだった。
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