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第五章 | 樽廻船の女船長、商人の町へ行く
樽廻船の女船長、商人の町へ 其ノ弐拾伍
しおりを挟むまだ活きている鮑に、たっぷりの塩を塗り込み、ぬめりをとる。身と殻の間にへらを入れ、貝柱をそぐと、おもしろいくらい簡単に身が剥がれた。あとは貝柱についた肝を剥がしていく。
「肝も、ほって(捨てて)はだめやに。砂抜きして、酒ぶっかけて焼いたら最高の酒のあてになる」
鮑のおっちゃんに教えてもらった、鮑の肝焼き。想像するだけでも日本酒との相性はよさそうなそれを作るべく、肝を殻へと集めていく。
下処理が終われば、いよいよ鮑を捌く番だ。鮑を手のひらに乗せると、引き締まったその身の力強さが伝わってくるようだった。
喜兵寿は呼吸を整え、鮑にそっと包丁を入れた。切っ先から伝わってくる鮑の「生の感触」。
それを存分に味わった後に薄く切っていった。刺身は包丁の入れ方でそのうまさは全く変わってくるものだ。なかなか手にすることの出来ないこの食材、出来る限りその旨さを引き出したかった。
喜兵寿は鮑を一切れ口に含む。コリコリという独特の食感と共に、ふわりと磯の香りが広がった。
「これが鮑か……!」
頭の芯がゆらゆらと痺れるような、感じたことのない幸福感。海の旨味をその身にじゅっと凝縮したようなその味わいは、噛めば噛むほどに口の中にゆっくりと染み出てくる。
その味わいをうっとりと楽しんでいると、突然なおが後ろから「見ちゃった~」と手を伸ばしてきた。
「喜兵寿ばっかりズルいぞ。俺にも一切れ味見させろ」
そういってひょいと鮑を口に入れる。
「おおお、やっぱ鮮度がいいやつは歯ごたえが全然違うな!久しぶりに食ったけど、鮑はやっぱりうまいなあ」
なおの言葉に喜兵寿は目を丸くする。
「お前鮑を食べたことがあるのか?!相当な高級食材だぞ?」
「そりゃあ安月給の俺だって、鮑くらい食ったことあるよ。伊勢海老だって食べたことあるぜ?刺身が一番好きだけど、昔中華料理屋で食べた伊勢海老の紹興酒蒸し、あれも旨かったなあ」
舌なめずりしながら話すなおの顔を、喜兵寿は信じられないといった顔で見る。
「なんと……お前の国とは文化がだいぶ違うとは思っていたが、かなり裕福な国なのだな。鮑や伊勢海老は、上のお方たちだけが口にするものだとばかり思っていたよ」
なおの国の話は何度か聞いたことがある。今までいくら聞いてもちっとも理解できはしなかったが、食に関して言えば他国との交流が盛んで、豊かな文化を持つ場所なのだろう。確かにそうでなければ、あの「びいる」なる酒が生まれるはずもない。
「なあ、なお」
もう一切れ鮑をつまもうとするなおの手をぴしゃりと叩くと、喜兵寿は言った。
「お前の国ではこれらの食材をどのようにして料理するか教えてくれないか?」
「もちろんいいぜ!」
喜兵寿の問いに、なおは目を輝かせる。
「うおおおお、やった。これってつまり俺の好きなもんばっか食えるってことだよな。OK!任せとけ」
鮑に伊勢海老、そして地元の人たちが届けてくれた地場野菜。これらを使って2人は樽廻船の狭い台所で調理を始めたのだった。
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