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第五章 | 樽廻船の女船長、商人の町へ行く
樽廻船の女船長、商人の町へ 其ノ拾陸
しおりを挟む嵐とぶつかるまでに、残り四半刻(約30分)。
「さて、何をつくろうか」
喜兵寿は腕まくりをしながら、食糧庫をぐるりと見渡した。今は凝ったものを作る時間はない。波は徐々に高くなりはじめ、船は不安定に揺さぶられるようになっていた。
「腹を満たし、酒に合い、皆を元気づけることができるものはなんだろうか」
ひょっとしたら。これは自分たちがこの世で最後に口にする食べものかもしれないしな……ふと浮かんだ考えを打ち消すよう、慌てて喜兵寿は首をふった。
料理は「つくった人の感情」までも一緒に入れ込んでしまえるものだ。恐怖や畏れを抱いたまま作ったものでは、負の感情が伝播してしまう。自分がいま作るべきは、皆の心を満たすつまみだ。
「無事に港までいける。この嵐を乗り越えて長生きをすることができる……」
ぶつぶつ呟きながら棚を漁っていると、どこかで見たことのある壺が出てきた。しっくりと手に馴染む薄青の陶器。開けてみると中にはぎっしりと梅干しが入っている。
それはなおがへそに貼るために持ってきた、柳やの梅干しだった。懐かしい人に出会ったような気持ちで、喜兵寿はひとつ口に放り込む。絶妙な塩加減と、梅の酸味。それは紛れもなく「つるの味」だった。喜兵寿はゆっくりと種までしゃぶると、「これにしよう」と呟いた。
かわいい妹をひとりにしないためにも。自分はここでよもや死ぬわけにはいかない。
喜兵寿は梅の種を抜き、細かく叩くと昼に炊いてあった米に乗せた。そこに干し青紫蘇と白ごまを混ぜ込み、おむすびを作っていく。できるだけ大きくふっくらと、口の中でほどけるように。おむすびが持つ、「良い結果を結ぶ」というゲン担ぎを一緒に握る。
おむすびを作りながら、喜兵寿はたっぷりの湯を沸かした。ここにある酒はどれもまだ少しだけ若さがある。どうせだったら燗つけで最高の状態にして皆に飲ませてやりたかった。
ぐらぐらと湯気が立ち上る中でもう一品。少し潰した梅干しに、かつお節をふわりと乗せる。その上に日本酒と醤油をたらり。簡単だけれども、これはこれでいいつまみになる。日本酒は米でできた酒なのだ、米に合う料理はなんだって相性がいい。
喜兵寿はさらに盛った大量のおむすびと鰹梅、そして日本酒を持つと皆の元へと向かった。
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