40 / 125
第四章|泥酔蘭学者、ホップを知る
泥酔蘭学者、ホップを知る 其ノ拾参
しおりを挟む「ビールを造るのに必要なものは4つ。それは麦芽、ホップ、酵母、水だ。たったこれだけでビールは出来上がる」
なおは筆で大きな丸を4つ書き、それぞれに原材料名を書き込んでいく。
「麦芽、まずこれは夏がくれた麦から造ることができる。この後つるに任せるものだ」
丸の中に書き込まれた「麦芽」という文字を見ながら、つるは神妙な顔で頷く。
「次にホップ。これは今から俺と喜兵寿で探しにいくやつだな。船に2週間も乗って」
うえっと舌を出しながら、なおは丸の中に「ホップ」と書き込んだ。
「水は、まあ水だ。裏の井戸から汲み上げたらそれで終わり。そして最後。これが今はなしていた酵母だ」
なおが書き込んだ「酵母」という文字を、3人はまじまじと見つめる。
「酵母は……そうだな、簡単にいうと『酒を完成させてくれる生き物』だな。目には見えないくらいちっさい生き物」
「酒を完成させてくれる、生き物?!」
まったく訳がわからない、という顔でつるが眉をひそめる。その横で喜兵寿は一言一句聞き漏らすまい、といった真剣な表情で腕組みをしていた。
「そうだ。酵母は糖分をアルコールと二酸化炭素に分解することで、酒を完成させる。ってこの説明じゃ伝わらないか!」
なおはガシガシと頭をかくと、紙にパックマンのようなイラストを描いた。
「これが酵母な。こいつに糖、えっと、麦芽を砕いてぐつぐつお粥状にした後、濾すとあまーい液体になるんだけど、それを食べさせる。そうするとアルコールをつくってくれるんだよ」
「あるこーる、とはなんだ?」
「ああ、アルコールはあれだよ、酒飲むと酔っぱらうだろう?あれがアルコール」
「なるほど、つまりあるこーるとは酒のことだな!あれはこうぼとやらによって生み出されているのか!」
喜兵寿はしばらくぶつぶつと呟いていたが、おもむろに筆をとると、パックマンの口に向けて「とう(糖)」と大きく追記し、そこから外に向けて「酒」と書き足した。
「つまり、こういうことか?」
「そうそう!さすが喜兵寿。後こいつはアルコールと一緒に二酸化炭素、えっと、喜兵寿はビール飲んだだろう?あのしゅわしゅわを一緒につくってくれるんだ」
「あの跳ねる液体!それもこやつによって造られるのか!」
初めてビールを飲んだ瞬間のことを思い出したのだろう。喜兵寿は目を大きく見開いた。それを見てなおは満足げに頷く。
「酵母ってすごいだろ。だからこいつらは『酒を完成させる生き物』なんだよ」
「たしかにすごいな……しかしこの酵母とやらはどこで手に入るのだ?」
「それなんだよ!」
なおは姿勢を正し、ごほんと咳ばらいをする。
「酵母は酒蔵にいる。そして喜兵寿たちは酵母という存在を認識していないにも関わらず、酵母を使って既に酒造りをしているんだよ!」
「それは……どういうことだ?」
「『酒の神』だよ。唄によって降ろすと言っていた『酒の神』が酵母なんだよ!」
「……?」
首を傾げたままの3人を見て、なおはもどかしげに頭をかいた。一刻も早く状況を共有し、この興奮を分かち合いたい。
「俺、日本酒のことは詳しくないんだけど、話を聞く限りたぶん、最初の工程で酵母が増えやすい状況を作ってやっているんだと思う」
なおは言葉を切り、紙に酵母を模した点をたくさん描く。
「そこに酒蔵住の酵母が降りてくることで、酒が出来上がるんだよ。つまり酒蔵でビールを醸造すれば同じことを起こるってこと。そこに住んでいる酵母たちがビールを醸してくれるんだよ!」
喜兵寿はなおの書きなぐった紙をしばらくじっと見つめていたが、「酒の神は実在するものだったのか……!」そう呟くと店の中を興奮した様子でうろつき始めた。時折、ザッザッとわらじで地面を削る。
「なるほど、そう考えれば合点がいく部分がいくつもある。酒は神とともに醸すものだと、だからこそ神に捧げるものだと伝え聞いていたが、そうか、そんなからくりがあったのか」
目を輝かせ、早口でひとり言を言い続ける(ひょっとしたら喜兵寿は口に出しているつもりはないのかもしれなかったが)。
「ああ、そうとわかれば一刻も早くこの目で確かめたい。酵母は目には見えないはずだが、きっとどこかの瞬間でその存在を感じることができるはずだ。ああ、2晩でも3晩でも眠らなくていいから、ずっと酒を見ていたらわかるだろうか……!」
「でた、お兄ちゃんの酒狂い。本当お兄ちゃんはお酒のことになると昔から周りが見えなくなるんだよねえ」
つるがため息をつく横で、夏がうっとりと目を細める。
「真剣なきっちゃん……かっこいい」
喜兵寿はしばらく自分の世界に入り込んでいたが、ハッと我に返るとなおに向かって言った。
「つまり俺が今すべきことは、このあたりの酒蔵でびいるを造らせてくれるところを探すことだな!新川屋のねねのところのついでに行ってくる」
「そうそう!それだよ!よろしく頼む」
喜兵寿は「まかせろ」と深く頷くと、颯爽と店を飛び出していった。
「夜には戻る。後はよろしく頼むぞ」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる