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第四章|泥酔蘭学者、ホップを知る

泥酔蘭学者、ホップを知る 其ノ拾弐

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「酒の神がいなくなってしまって、廃業した蔵もあったよね」

「ああ、あの灘の老舗の蔵だろう?噂によれば、出稼ぎに来ていた蔵人が酔っぱらってあちらこちらで歌い散らしていたそうだからな……」

「うわあ、最悪。酒の神がいなきゃ日本酒はできないのにね」

ふたりの話を聞きながら、なおは「んんん?」と首を傾げた。唄は「酒がうまくできますように」という神頼みの話だと思っていたが、聞いていると神がもっと実際の酒造りに必要な要件のような話っぷりだ。

「なあ、酒の神が降りてこなかったらどうなるんだ?」

「酒の神が降りてこなかったら……か」

想像するだけでも恐ろしいのだろう。眉間に皺を寄せる。

「酒にならずに腐る」

喜兵寿はぶるりと身を震わせた。

「腐る……のか」

それは発酵がされないということなのだろうか。首をひねっているなおを見て、喜兵寿は話し出した。

「さっき櫂棒を使って摩り潰す、というところまで話しただろう?磨り潰したものを低温で数日寝かせ、その後暖気樽を使って温度をあげるんだ。それを混ぜてじっくり熟成させ「酛」を育て酒母をつくる。これが日本酒を造るための土台のようなものだ」

日本酒ことを知らないなおにもわかるよう、言葉を選んで話してくれているのがわかる。それでもわからないことだらけだったが、なおは黙って聞いていた。ここに大事なヒントがあるようなことがある気がする。

「酒母ができたら、水と蒸した米、そして米麹を加えてもろみをつくり、ひと月程度熟成させる。こうやって時間と手間暇かけて造っていくわけなんだが、もしも酒の神が降りてきていなければ……」

喜兵寿は一度ここで言葉を切ると、ふうっと息をついた。

「酒の神が降りてこなければ、ここで酒にならずに腐るんだ」

「酒ができなければ、それを造るための米などはすべて無駄になる。何十人という蔵人たちへの支払いもできなくなる。祖父の先代の代に一度……」

続く喜兵寿の言葉をぼんやりと聞きながら、なおは「酒の神」について考えていた。アルコールができるためには絶対的に酵母の存在が必要だ。酒母を造る時に「酒の神」を降ろす。そしてもしもそれが降りてこなければ、日本酒が発酵せずに腐る……
なおはゆっくりとジャンプをし始めた。最初はゆっくりと、そして次第に早くリズムをとるように飛んでいく。

「え、ちょっと何してんの?怖いんだけど」

突然ジャンプし出したなおを、3人はぎょっとした顔で見つめる。しかしなおはそんなことお構いなしに飛び続けた。「考え事をするときはジャンプする」これはなおの小さい頃からの癖だ。脳が揺さぶられることによって、散らばっていた考えがまとまるような気がするのだ。

酒の神は降りてくる 降りてくることで酒が醸される……

「あ!」

ぴょんぴょんと飛びながら、なおは突然大きな声をあげた。

「そうか!そういうことか!」

飛ぶのをやめ、喜兵寿に駆け寄る。ジャンプと興奮で息切れしながらなおは叫んだ。

「酒の神が酵母だ!酒蔵にいる『蔵付き酵母』が酒の神なんだよ!」

喜兵寿は何がなんだかわからない、といった表情をしていたが、なおは構わず続けた。

「そうだよ、この時代の酒は蔵付き酵母で醸す酒なんだよ。そうかそうか……だとしたら工夫は必要な可能性があるかもだけど、酒蔵でビールを造れば酵母は入る可能性がある!」

「ちょっと、さっきから何いってるか全然わかんないんだけど!つまり何なの?」

少しイラついているつるを無視して、なおは喜兵寿の肩にガッと手をかけた。

「喜兵寿、このあたりの酒蔵で付き合いがあるところはあるか?」

「大体は知り合いだが……」

「じゃあ、そこでビールを造りたいと言ったら場所を少し貸してくれるか?!」
「いまは夏で酒を仕込む季節ではないから、恐らく仲のいい蔵に頼めば不可能ではないと思うが……」

「よっしゃ、これでビール造りに必要なものが全部揃う!」

喜兵寿の言葉に、なおはガッツポーズをする。

「だから!さっきから何の話をしてるの?こっちにもわかるように説明してよ」

少しイラついているつるに向かって、なおは「まかせとけ!」と大きく頷いた。

「何か書くものを貸してくれるか?いまからビールの醸造について説明する」
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