上 下
37 / 119
第四章|泥酔蘭学者、ホップを知る

泥酔蘭学者、ホップを知る 其ノ拾

しおりを挟む

恐らく外でずっと聞き耳を立てていたのだろう。夏のストーカー行為には慣れた様子で、喜兵寿は「おう、夏」と片手をあげた。

「なんだ、お前たち仲が悪いのか。最近ねねは堺までの船頭もしていると聞く。下の町で看板背負って頑張っている同士、そんなに嫌うこともなかろうに」

喜兵寿の言葉に、つると夏があきらかに「スンっ」となるのがわかった。状況はよくわからないが、なんだかおもしろそうだ。なおはにやにやと様子を伺った。

「夏の言いたいこともわかるけどね。最近のねね、男と言う男に手を出しまくってるって聞いたよ。斜め向かいのじっちゃんも誘惑されたって。おばちゃんが嘆いてた」

「そうだよ!船で15日間も一緒だったら、きっちゃんも何されるか……きっと全部搾り取られちゃう」

夏の言葉に、なおは「ぶはっ」と吹き出した。話を聞く限り、ねねという女性は相当な手練れのようだ。

「そりゃあ是非とも会ってみたいなあ」
なおが言うと、つると夏に鬼の形相で睨みつけられた。

「……ゴメンナサイ」

「まあ二人ともそう悪くいうなって。ねねにもねねの事情があるんだろう。なんにせよ樽廻船への乗船が頼めるのは新川屋くらいなんだ。今からでもねねに頼みに行ってみるよ」

喜兵寿はそういうと煙管の火を消し、ゆっくりと立ち上がった。

「ちょっときっちゃん!」

駆け寄る夏の頭を、喜兵寿がポンポンッと叩く。

「俺となおが店を空ける間、時々でいいからつるのことを気にかけてくれるかい?店を休めばいいと言ったんだが、つるは一人でも頑張ると言っていてね。夏が様子を見に来てくれるなら安心できる」

喜兵寿の言葉に、夏の表情はコロリと変わる。うっとりと喜兵寿を見上げ、大きく「わかった!」と頷く。

「お店のことは任せて!屋台のない時は、ここに通うね。あ、お掃除とかもわたしやるね。きっちゃんのお部屋もぴかぴかにしつらえておくから」

夏のことだ、喜兵寿の布団に潜り込んだり、落ちた髪の毛を拾い集めたりしそうだな……なおが苦笑いしていると、隣のつると目が合った。どうやら同じことを考えていたのだろう、ふたりは肩をすくめて笑った。

「そうだ、お兄ちゃんたちしばらくここをあけるということは、麦はどうするの?」

つるの言葉に、「それなら問題ない」となおはにやりと笑う。

「麦芽作りはつるにお願いすることにした!」

「え?!」

突然の指名に、つるが素っ頓狂な声を出す。

「え、だってそんな急に言われたって……このあとどうしたらいいかわからないし」

「必要な工程は伝える!麦芽作りに必要なのは、しっかり水を吸わせること、そしてしっかり乾燥させることだからさ。マメなつるだったら全然問題ないだろ」

なおはぐるりと店の中を見渡す。きっちりと拭きしめられた机や畳に、埃1つない窓枠。隅々まで細かく手入れされている様子を見れば、つるの几帳面さはイヤと言う程わかる。

麦には十分に水を吸わせた。後はザルに開け、暗所に置いておくことで程なく発芽するだろう。そこから数日間発芽が完了するまで見守り、その後天日で乾燥をさせれば麦芽は完成だ。

発芽が完了するまでの間、朝夕と霧吹きなどをしてやる必要はあれど、つるに任せたとしても全く問題はないだろう。

「でも……でも麦芽ってびいるを造る上でとっても大切なんでしょう?そんな大切なものを、女であるわたしなんかに任せちゃっていいの?」

「はいでたー!」

動揺を隠せない様子のつるを見て、なおはケタケタと笑った。

「女だから、って言葉はつる自身が嫌がっていたものだろ?男だとか女だとかそんなん、ビール造りには関係ないんだって」

なおはつるの目を真っすぐに見据えて続ける。

「俺がつるの性格をみて大丈夫っていってんだから大丈夫だ。俺たちは一緒にビールを造る仲間だろ」

なおの言葉に、つるはハッとした表情を浮かべる。そしてしばらく考え込むと、頷いた。

「……だね。わかった。やってみる」

つるの目に小さく光が宿った。

「よっしゃ、決まり!よろしく頼むな」

様子を見ていた喜兵寿と夏も嬉しそうに頷く。これは皆で造るビールだ。皆で造る『日本初のビール』。歴史を変える一杯だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...