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第四章|泥酔蘭学者、ホップを知る
泥酔蘭学者、ホップを知る 其ノ陸
しおりを挟む岡っ引きに目をつけられ、三か月以内にビールを造らなければ座敷牢に入れられてしまうこと。ビールには麦芽、ホップ、酵母なるものが必要で、いまは麦を手に入れ麦芽の準備をしていること。
「びいるにはほっぷという草が必要なのですが、それを入手する術がわからず困っているのです」
「……なるほど」
ひととおり話しを聞くと、幸民は貧乏ゆすりをしだした。目はせわしなく動き、あちらこちらを見ている。
「なぜ弟子は異国の酒について知っている?いや、まあそれは後で聞くことにして、びいるだ、びいる。書物でしか見たことのない酒を、その手で造るというのか。いやはや、なんという」
幸民は激しく落ち着かなそうではあったが、同時におもしろくてたまらないといったように口元をニヤつかせていた。
「それで?さっき言っていた草について、もう少し情報はないのか」
幸民が前のめりになおに聞く。どうやって伝えたら、ホップを見つけるヒントになるのだろうか。なおはホップを思い浮かべながら、知りうる情報をひとつずつ挙げていった。
「ホップは寒い土地で育つ、つる科の植物で……つるはめちゃくちゃまで高く伸びる」
なおは遥か上を指さす。
「そこに松かさに似たものができるんだけど、それがホップ。緑で親指くらいの大きさのやつ。それを使うことで、ビールに香りや苦味をつけたり、腐りにくくしたりできるってわけ」
どうにかホップを想像しようとしているのだろう。幸民は目をつぶったまま上を見上げている。
「……やはりそのような植物は、見たことも聞いたこともないな」
煙管を深く吸い込むと、長くゆっくりと息を吐きだした。
「異国の酒に使われているものだから、やはり異国の植物なのだろうな。しかし和蘭(オランダ)のものはそう簡単に手に入るものではない……」
幸民はぶつぶつと何かを言いながら、棚から本を引っ張り出しはじめる。背表紙を確認し、中身をバラバラとめくり積む。そうやっているうちに、きれいに整理整頓されていた座敷はあっという間に本の山だらけになった。
学者とはこういうものなのだろうか?あっという間に自分の世界に入り込んでしまった幸民を、なおと喜兵寿はあっけにとられてみていた。
「俺、ホップについてもうちょっと語れるんだけど……」
なおがいうと、喜兵寿は黙って首を振った。
「幸民先生はもう十分だって思ったんだろ。残りの情報は必要であれば、また伝えればいい」
ふたりはしばらく様子を見ていたが、幸民はただひたすら黙々と書物の世界に潜り込んでいくばかり。夜の深青がとっぷりと家の中に入り込んでくる頃、喜兵寿となおはそっと幸民の家を後にした。
「幸民先生、俺たちそろそろ帰りますね。また後日お伺いにきます。ありがとうございました」
喜兵寿の声が聞こえているのかいないのか。幸民は「おう」とか「ああ」とか生返事をしながら片手をあげた。
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