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第四章|泥酔蘭学者、ホップを知る

泥酔蘭学者、ホップを知る 其ノ肆

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「おう、喜兵寿。酒はうまかったが、お前いくらなんでも遅れすぎだろ」

酒を飲んだ幸民はまるで別人のように一気にオラつく。

「まさかこんなしみったれた量の酒が詫びの品ってわけじゃあねえよな?」

睨みつける幸民に、喜兵寿はもう一度頭を下げた。

「もちろんです。今度店で気のすむまで飲んでください」

「……ったく。それで?何が聞きたいんだ?」

「実は今、『びいる』という酒を造ろうとしているんです。しかし不明なことばかり。そこで幸民先生ならば何か知っているのでは、とお伺いさせてもらいました」

「びいる……か。びいる、びいる……ふむ、聞いたことがあるな」

幸民は記憶を探るように、しばらくこめかみを人差し指で叩いていたが、「びいるか!」と大きな声で叫んだ。

「びいるとは、おらんだ正月でふるまわれていたというあの酒のことか!」

幸民の言葉に、喜兵寿となおは「知ってるんですか!」と座敷へと駆け寄った。

「いや、実際に見たことはないんだがな。十数年前までは年に一度行われる蘭学者とおらんだ人との集いで飲んでいた、という話は聞いたことがある」

「すげえ!この時代にもビールはあったのか!それで?誰が造ってんだ!?」

なおが食い気味に聞くと、幸民は露骨に嫌そうな顔をした。

「おい弟子。なんでここにいるか知らんが、お前からも謝罪の言葉はあってしかるべきなんじゃないのか?」

(ちっ、めんどくさいおっちゃんだな)

悪態が喉元まで出かかったが、喜兵寿の視線を感じ、ぐっと飲み込む。

「オクレテ スミマセンデシタ」

「……ふん。まあいいだろう」

幸民はなおを一瞥すると、座敷に積みあがった本の中から一冊を抜き取った。

「びいるがどこで造られていたかは知らんが、日本ではないことは確かだろうな。出島におらんだの船が運んできた酒、との記述があったはずだ」

出島という聞きなれた言葉に、なおは心の中で静かに興奮した。歴史は得意な方ではなかったが、さすがにこれはわかる。

鎖国していた日本で、唯一西ヨーロッパに開かれた窓口「出島」。そうかこの時代にはもうオランダによって持ち込まれていたのか……!

「それで?いまもビールは出島に行けば手に入るのか?!」

なおが声を弾ませて聞く。この時代の海外ビールが飲めるのであれば、ぜひとも飲んでみたい。タイムスリップして、何百年も前のビールを飲んだことがあるブルワーなんて、世界中どこを探したっていないだろう。

「いや、それがこの十数年パタリと出島には入ってきていないようでな。俺が蘭学者になった時には、すでにその集まり自体がなくなっていた」

「まじかよー……」

なおはがくりと肩を落としたが、「いや待てよ?」とすぐに顔をあげた。

「オランダの船が来てるってことは、ひょっとしたらビールもその原料も出島にあるかもじゃね?とりあえず出島行ってみるのもありかもな!」

ビールがまったく存在しないと思っていた世界で、光が見えたのだ。なおがわくわくと幸民に話しかけると、怪訝なものを見るような目で見つめ返された。

「出島に入れるわけがなかろう?あそこは日本であって日本でない地。おかしなことをいうやつだな」
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