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第四章|泥酔蘭学者、ホップを知る

泥酔蘭学者、ホップを知る 其ノ参

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月の大きな静かな夜。ちゃぷんちゃぷんと音をたてる川のほとりをしばらく歩き、奥の道を進んだところに川本幸民の家はあった。

「ちょ……もう……むり……!」

かなりの早足で歩いてきたものだから、なおはぜいぜいと肩で息をしている。しかしそんなことお構いなしに、喜兵寿は幸民の家の戸を叩いた。

「幸民先生!柳やの喜兵寿です。遅くなり申し訳ございません!」

しかししばらくまっても何の返事もない。

「ほら、もうこんな夜だし、先生も寝ちゃってんだよ。もう帰ろうぜ」

なおが回れ右をしようとするも、喜兵寿はその襟首をつかんだまま再度戸を叩く。

「先生、喜兵寿です!いますよね?入りますよ」

そう叫ぶと、喜兵寿はガラガラっと戸を開けた。

「げ、こいつ勝手に開けやがった!」

ずんずんと進む喜兵寿に続いて、なおも家の中に入る。土間は真っ暗だったが、奥の間でなにやら赤い光がゆらゆらと揺れているのが見えた。

「幸民先生……!本日は遅くなり誠に申し訳ございませんでした!」

喜兵寿は奥の間に入るなり、深々と頭を下げた。なおも真似して頭を下げつつも、ちらりと奥の間に目を走らせる。すると真っ暗な中にぼんやりと浮かび上がる幸民の姿が見えた。

「たしかに何時と約束をしたわけではないのだから、何時に来ようともお主たちの勝手なわけだが、それにしたって限度があるわけだと思うわけだよ。しかし午後という概念が生まれたのもごく最近なわけで、実際にどれだけ浸透しているかと言えば……」

耳を澄ましてみれば、小さな声で念仏のように話し続けてる。それをぶった切るようにして喜兵寿は再び叫んだ。

「本当に申し訳ございませんでした!」

「『申し訳ない』という言葉が謝罪の意味を持って使われるようになったのは、実は最近のことで……」

「本日はお伺いしたいことがあり参りました!」

「しかし言葉自体がどのような意味を持つのか、などは正直どうでもいいわけで。ではなぜわたしがこのように真っ暗な中に座り続けているかといえば、それはただ……」

俯きながらぶつぶつと話し続ける幸民と、それに構わず大声で話す喜兵寿。二人の会話は全く成立しておらず、なおは笑いを堪えるのに必死だった。これではまるでコントだ。

しかし「酒もたっぷり持ってきております!」と喜兵寿が言ったとたん、幸民はぴたりと話すのをやめた。

「先日開けたばかりの酒です。先生好みの火入れをしてまいりました。ぜひ味わってみてください」

喜兵寿が徳利から酒を注ぐと、幸民は黙ったまま受け取り、それを一気に飲み干した。そして口をもごもごと動かした後、小さく頷く。

その様子をみて、喜兵寿は手に持っていた徳利3本をすべて幸民へと手渡した。

そこからは先日柳やで見た光景と同じだった。幸民はがぶがぶと酒を飲み干し、少し眠ると「虎モード幸民」へと変身した。
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