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伝言~娘に
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「ここは どこだろう」目を覚ました男は戸惑いました。どうやら男は舟に揺られ船着き場にいるようでした。辺りは真っ暗。花が咲き乱れているのか、芳しい香が立ちこめていました。
見回すと、ぼんやりとした灯。男はその灯に吸い寄せられるように歩いて行きました。近くまで行くと、一軒の茶屋で、見知らぬ若い男がひとり茶を飲んでいるのが見えました。
「こんばんは」ここがどこなのか尋ねたくて、男は茶を飲んでいる若い男に声をかけました。
そのときです。遠くから自分を呼び戻そうとしている妻や子ども達の声がはっきりと聞こえました。
「お父さん、お父さん、死なないで。」男は、自分が来てはいけないところに来てしまったことに気づきました。
男の心を察したのか、若い男は言いました。「おまえさんは帰ったほうがいい、まだ、ここに来るには早すぎたようだからな」と。
男は尋ねました。「あなたは帰らないのですか。」若い男は湯飲みをテーブルに置き、ゆっくりと答えました。
「私はもう帰れない。戦場で倒れ、ここにたどり着いたとき、喉はカラカラ。あまりの空腹に耐えかねて、この世界の食べものを口にしてしまったからな。」
「奥さんや子どもさん達は?あなたの帰りを待っていたでしょうに」男の問いに、若い男はさみしそうに微笑みながら答えました。
「確かに私の妻や娘は、私の帰りを待っていてくれたようだ。けれど、『万歳』『万歳』その言葉にかき消されて、届かなかったのだよ。ああ会いたい。私が戦場に連れてこられたとき、娘はまだ赤ん坊だったのだ。妻には先日会ったよ。けれど、妻は私が死んだあと、家を守るため私の弟と再婚した。だから妻がここに来たとき、一目会ったんだが、妻には弟のところに行ってもらったよ。」
「そんな・・・・。」男は、この若い男にかける言葉が出てきませんでした。
「最近になってな。娘の声が聞こえるようになったのだよ。『お父さん、お父さん、会いたい、会いたい』とな。そうだ、もし、おまえさん、私の娘に会ったら、伝えてくれんか。『私はずっと待っているから』と。そして、こうも伝えてほしい。『そう急がなくていいからな。ゆっくり来たらええ。土産話、たんと用意してな』と。」
「お父さん、お父さん」男を呼ぶ声がますますはっきりと聞こえるようになり、男は、ここから去るべき時が来たことをはっきりと悟りました。「わかりました。きっと伝えます。」男は気を失いました。どうやら男の身体は突風にあおられるように、元の世界に戻ってきたようでした。
「お父さん。ああよかった。目が覚めたのね。」病室のベッドの脇では、妻や子ども達が、喜んでくれました。
「あ、しまった。その人の名前を訊くのを忘れていた。」男は気づきました。あの世で会った若い男が、どこの出身の、何という名前の人か、わからなかったのです。「これじゃあ、娘さんがどこの誰だか分からない。伝言を頼まれたのに。」
けれど、男は思いました。きっと、あの人のような思いを抱えて亡くなった人は沢山いるに違いない、そして、あの人の娘さんのように、物心つかないうちに父親を戦争に取られ、父親への思いを抱えたまま大人になっていった子どもたちも大勢いるに違いないと。男は無事この世に戻ってきましたが、これからは、少しでも、あの若い男のように、無念を抱えて亡くなった戦死者の霊を弔っていこうと、誓いました
見回すと、ぼんやりとした灯。男はその灯に吸い寄せられるように歩いて行きました。近くまで行くと、一軒の茶屋で、見知らぬ若い男がひとり茶を飲んでいるのが見えました。
「こんばんは」ここがどこなのか尋ねたくて、男は茶を飲んでいる若い男に声をかけました。
そのときです。遠くから自分を呼び戻そうとしている妻や子ども達の声がはっきりと聞こえました。
「お父さん、お父さん、死なないで。」男は、自分が来てはいけないところに来てしまったことに気づきました。
男の心を察したのか、若い男は言いました。「おまえさんは帰ったほうがいい、まだ、ここに来るには早すぎたようだからな」と。
男は尋ねました。「あなたは帰らないのですか。」若い男は湯飲みをテーブルに置き、ゆっくりと答えました。
「私はもう帰れない。戦場で倒れ、ここにたどり着いたとき、喉はカラカラ。あまりの空腹に耐えかねて、この世界の食べものを口にしてしまったからな。」
「奥さんや子どもさん達は?あなたの帰りを待っていたでしょうに」男の問いに、若い男はさみしそうに微笑みながら答えました。
「確かに私の妻や娘は、私の帰りを待っていてくれたようだ。けれど、『万歳』『万歳』その言葉にかき消されて、届かなかったのだよ。ああ会いたい。私が戦場に連れてこられたとき、娘はまだ赤ん坊だったのだ。妻には先日会ったよ。けれど、妻は私が死んだあと、家を守るため私の弟と再婚した。だから妻がここに来たとき、一目会ったんだが、妻には弟のところに行ってもらったよ。」
「そんな・・・・。」男は、この若い男にかける言葉が出てきませんでした。
「最近になってな。娘の声が聞こえるようになったのだよ。『お父さん、お父さん、会いたい、会いたい』とな。そうだ、もし、おまえさん、私の娘に会ったら、伝えてくれんか。『私はずっと待っているから』と。そして、こうも伝えてほしい。『そう急がなくていいからな。ゆっくり来たらええ。土産話、たんと用意してな』と。」
「お父さん、お父さん」男を呼ぶ声がますますはっきりと聞こえるようになり、男は、ここから去るべき時が来たことをはっきりと悟りました。「わかりました。きっと伝えます。」男は気を失いました。どうやら男の身体は突風にあおられるように、元の世界に戻ってきたようでした。
「お父さん。ああよかった。目が覚めたのね。」病室のベッドの脇では、妻や子ども達が、喜んでくれました。
「あ、しまった。その人の名前を訊くのを忘れていた。」男は気づきました。あの世で会った若い男が、どこの出身の、何という名前の人か、わからなかったのです。「これじゃあ、娘さんがどこの誰だか分からない。伝言を頼まれたのに。」
けれど、男は思いました。きっと、あの人のような思いを抱えて亡くなった人は沢山いるに違いない、そして、あの人の娘さんのように、物心つかないうちに父親を戦争に取られ、父親への思いを抱えたまま大人になっていった子どもたちも大勢いるに違いないと。男は無事この世に戻ってきましたが、これからは、少しでも、あの若い男のように、無念を抱えて亡くなった戦死者の霊を弔っていこうと、誓いました
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