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王子の決意

怖がりな彼女と遠い彼

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女王様は心配そうに私の顔を覗き込んだ。そんな女王様の後ろから側近の者が息を荒げながら現れる。
「急に走り出さないでください。転んで怪我でもしたらどうするのですか」
「私はそんなドジは踏まないわ。大切なメイドが倒れたのよ。そちらの方が心配だわ」
私はその情景を別世界のように眺めていた。体がうまく動かせない。
「もう大丈夫なようね、スピカ。安心したわ」

怖い。

どうして他人事のように振舞っていられるのだ。私を気絶させたのは女王様、あなたなのに。
「さあ女王様、もう安心されたでしょう。ダンスレッスンに戻りますよ」
「わかったわ。スピカ、あまり無理をしてはだめよ?」
「はい。大丈夫です」
私はいつも通り笑ってそう答えた。
女王様の表情に隙はなかった。



   **************



日が沈み、星が輝き始めた頃、お城のホールはきなびやかに装飾され数々の料理が並んでいた。
お城のお偉いさんたちは例に漏れず礼服やドレスに身を包んでいる。
絵本で幾度なく見たお城の風景。まさか本当に見ることができるとは。
いつもの私なら興奮してはしゃぎまわっていただろう。しかし今はそんな気分にはなれなかった。
私たちは衛兵とともに一列に並び、本日の主役を待った。
「カトレア様、ルーク様、ご登壇」
司会を務める側近が高々に述べる。その瞬間、ホールにどよめきの声が上がった。
「わぁ…」
私も思わず声をあげた。
宝石をちりばめた豪奢な赤いドレス。銀に輝く美しいティアラ。歩くたびに揺れる長い黒髪。プリンセスと呼ぶにふさわしい、そんな女王様の姿だった。
そしてその隣には青い礼服に王章をつけ、長いマントを風に踊らせる王子、ルークの姿があった。
女王様もルークも明るい笑顔を浮かべていた。
私は胸にかすかな痛みを覚えながらも二人の姿に拍手を送った。
「おめでとうございます!カトレア様!ルーク様!」
パーティーへ招待された貴族や隣国の者達が祝福の言葉を送る。城内は幸せで満たされていた。
この光景を見ていると、やはり過去は消してしまった方がいいのではと思えてくる。今を壊さぬよう、欺き続ける方がいいのかと。
私は首を振った。
だめだ!唯一真実を知ってる私が流されてどうする!
あの事件で死んでしまった人も沢山いるのだ。このまま過去を野放しにしたらその人達はきっと永遠に報われない。
カイルさんだってそう。自分が命をかけて国を救ったこと、本当は忘れて欲しくないはずだ。だからあの日記を残していた。
「あ…」
私はきなびやかな情景を見ながらふと思った。
あの日記手帳は随分と古びていた。しかし破れたり読めないほどの大きな汚れはなかった。
それは、女王様がその日記手帳を大切に保管していたからではないのだろうか?
自分に不利になる証拠物があるなら捨ててしまう方が安心だ。それでもあの日記手帳が残っていたのは…。
捨てなかったんじゃない。捨てられなかったんだ。
女王様にとって、カイルは大切な人の一人だった。
そうではないのだろうか?
私は再び笑顔の女王様を見つめた。
彼女は真実を知られるのが怖いだけなのだ。それが結果として今を欺くことになってしまっている。
初めてあった女王様も、先ほど心配してやってきた女王様も、何一つ繕ったものではなかったのだ。
女王様が正式な婚約発表をするとホール内は再び拍手に包まれた。
その頃にはもう私の中に女王様を憎む感情はなくなっていた。
ただ一つ、泣いた心を残して。
どうしてあの人の隣は私でなかったのかと。



   **************



私は一人、街中の橋の上にいた。
空を映し出す水の流れをぼんやりと眺め、胸の痛みを押さえつける。
パーティーが始まって数十分後、フリータイムになった時、私はこっそりお城を抜け出した。
「だめだよ泣いちゃ…。ちゃんとお祝いしなきゃ…」
言い聞かせるように呟く。しかしそれとは裏腹に、頬を伝う涙は止まってくれない。
ちゃんと見届けるつもりだった。でも。
耐えられなかった。
女王様と楽しげに話すルークの姿が。
愛しいと思った彼の姿が。

隣にいたかった。
ううん、隣じゃなくてもいい。
あの時と同じように、なんてことないおしゃべりをしたい。

ルークとの時間が愛しくて愛しくて仕方なかった。
もうあの時間は戻ってこない。

「泣くな」
突如、泣きじゃくる私の耳元に懐かしい声が響いた。
そして次の瞬間、私はその人に抱きしめられていた。
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