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星の降る夜

中庭の手入れ

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あの不可解な事件から早3日が経った。
女王様の部屋もメイドや修理屋によって元通りになり、女王様が私の部屋に寝泊まりに来ることもなくなった。
ベッドの広さにちょっと寂しくなったりもするが…いや、やめておこう。まるで私が危ない人みたいだ。
そしてこのお城の召喚術師にはまだ会えていない。

アフタヌーンティーの仕事を終え厨房に戻った私は具材の切り方がいつもと違うことに気づく。
「型抜き…?」
アマリリスを始め、材料を切る担当のメイド達は何やら星の型抜きを手に、薄く切られた野菜達をくり抜いている。
「あ、おかえりなさいスピカさん!」
アマリリスが私に気づき笑顔で振り向いてくれる。
「何で型抜きなんかしてるの?」
「スピカさん知らないんですか?今日は星の降る夜なんですよ」
「星の降る夜?」
私は隕石がたくさん降ってくる情景を想像し身震いした。
「それは危ないよ!そんなことしてないで早く逃げないと!」
「ふふっ。何言ってるんですかスピカさん」
「え?だって星が降るんでしょ?」
私はキョトンとアマリリスを見つめる。アマリリスは笑いが止まらないといった様子で型抜きを中断していた。
「そのまま想像する人なんて初めて見ました。スピカさん、星が降る夜っていうのは年に一度の流れ星が見られる日のことです」
「年に一度?年に一度しか流れ星は見れないの?」
「そうですよ。それも知りませんでした?」
私は自分の世界を思い出した。流れ星はニュースで何度か放送されているのを見たことがある。「今日は獅子座流星群が…」とか。珍しいことではあったが年に一度というほどではなかったはずだ。年に一度の流れ星。それがこの世界の常識なのだろう。そして一大イベントとして認識されているようだ。
「星の降る夜のディナーは星モチーフと決まっているんです。だからこうして型を抜いているんですよ」
「へえ~」
でもそれなら包丁を使えない私には嬉しい限りだ。アマリリスと担当を代わってもらおう。そうすれば今日は火傷も怪我もせずに済む。
「アマリリス、今日は担当変わるよ。型抜きくらいなら私もできるし」
「そうですか?じゃあお願いします!そろそろ型押す手が痛くなってきたなあと思ってたんです」
アマリリスは快く私に型を渡してくれた。型は私の世界のものとほとんど同じだった。
懐かしいな。型抜きなんて何年ぶりだろう。小さい頃、お母さんにクッキーの型抜きをさせてもらった時以来な気がする。
そんなことを思ったが、逆に言えば私はそれだけ料理やお菓子作りなどに触れてこなかったということだ。
うん。女子力のかけらもない。
「失礼します。どなたか中庭の手入れに回ってくれませんか?昨日風が強かったせいか中庭がずいぶん荒れていて…」
私が型抜きを開始しようとした矢先、一人の衛兵が厨房に顔を出した。
「庭の手入れですか?えっと…誰に行ってもらいましょうか…」
アマリリスが困ったように厨房内を見渡す。メイド達はそれぞれの仕事に手一杯のようで振り向く者はいない。
「あ!スピカ様でいいです!お借りしても大丈夫ですか?」
私は突然の指名に飛び上がった。何で私?!と思い振り返ると例のお姫様だっこ衛兵がこちらに手を振っていた。
「スピカさんお願いします。ここの作業は私がやっておきますので」
アマリリスに言われ、私は渋々厨房を後にした。

「何で私なのよ…」
「だって俺が声をかけれるメイドさん、スピカ様くらいなんですよ。正直スピカ様があそこにいなかったら気まずいことこの上なかったと思います」
衛兵はそう言って笑った。
「でも私、庭の手入れしたことないんだけど」
「え?!そうなんですか?!なら尚更いいじゃないですか!何事も経験ですよ」
思わぬ返しに私は驚いた。どうやらこの衛兵くんは素直なポジティブ思考らしい。
「そうだけど教えてくれる人もいないし…。何したらいいんだろ」
「まず箒で枯葉などを掃いて、それが終わったら庭木の剪定ですかね。巡回の時に見たメイドはそうしていた気がします」
「剪定?!私できないよ?!」
それって職人がやることじゃないの?!
私はとんでもない難関が現れ、くらっとした。失敗しちゃいけないやつではないか。
「なんとかなりますって」
私は悪気なく微笑む衛兵を睨みつけた。
「失敗したらあなたのせいだからね!」
「わかりましたよ」
そんな私に衛兵はまんざらでもないといった返事を返すのだった。

中庭に着くと、私はとんでもなく仕事が多いことに気づいた。昨日、強風だったことで枯葉が庭中に散らかっている。ただでさえ広い中庭は箒で掃くだけでもかなり時間がかかりそうだった。こんなことなら誰かもう一人メイドを無理やりにでも連れてくるんだったと後悔する。
「…あなたも手伝って」
「えぇ?!俺まだ巡回の途中なので無理ですよ」
「一人じゃ終わらないよー!」
私が場所をわきまえずに子供面で地団駄を踏むと、衛兵は慌てて私をなだめ始めた。
「巡回の途中に手伝ってくれそうなメイドさんがいたら呼んできますから…」
「むう…」
私は渋々用具棚から箒を取り出し、庭の隅から掃いていくことにした。
「じゃあ俺は巡回に戻ります。手入れお願いしますね」
「はいはい」
私は衛兵の姿が見えなくなったのを確認すると大きく溜息をついた。
「どうせ異世界に転移するんなら女王様になりたかったよ…」
そんなことをぼやきながら枯葉を集めていく。その時、中庭に入ってくる足音が聞こえてきた。衛兵が何か言い忘れて戻って来たのかと思ったがそれにしては小さい子どものように足音のテンポが早い気がする。
私は気になってそっと振り返った。
偶然とは不思議なもので、
中庭の中央辺り、

魔法使いのような容姿をした少女がそこにいた。
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