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後編

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 次の日、いつものように昼食の時間に庭園のベンチに座っていると、少し遅れてルーンが現れた。
 ルーンは僕を見て少し驚いたようだったが、すぐに目を逸らして僕の隣に座った。
 互いにしばらく何も言わなかったが、やがてルーンが口を開いた。
「…もう、来てくれないのかと…」
「うん。昨日は部屋に戻ってから、荷造りをするべきか真剣に悩んだよ」
「昨日の事は…」
「いきなりで驚いた。昨日の事は、友人としての冗談でいいんだよね?」
「カイル、俺は…」
「前に言ったと思うけれど、これ以上は迷惑だって言ったの覚えてる?昨日の事は、まさに、これ以上の事だよ」
「…いきなり悪かった。けれど、自分でも無意識に動いてしまったんだ」
「無意識だったから仕方ないって事?今後も無意識で起こりうるのかな?だとしたら、僕は本当に君から離れないといけない」
「…カイルは俺の事が、嫌いなのか?」
「…嫌いじゃないよ。今は…友達だと思っている。本当の友達になりたいと思っているんだ。それ以上の気持ちは、僕にはないよ」
「…俺も、友達でいたいと、思っている…」
「じゃあこれからも、友達でいよう」
 僕はそれだけ言うと、立ち上がって自分の部屋へと歩いて行った。
 ルーンがどんな表情をしているか分からなかった。僕を引き留めなかったし、そのまま顔を合わさずに、僕はまっすぐに部屋に戻った。

 部屋に戻ると、僕は部屋の真ん中で呆然と立ち尽くしていた。
 どれくらいそうしていたのか分からない。部屋のノックが聞こえ、昼食から戻ったマイクが入ってくる。
「お!カイル早かったんだな…って、どうした!?泣きそうな顔してるぞ!?ルーンと喧嘩でもしたのか?」
 心配そうな表情のマイクを見て、力なく答える。
「…僕、どうしちゃったんだろう…」
「…やっぱり喧嘩か?それか…まずいものでも食べたのか?」
 僕はマイクに何でもないと答えると、マイクはそれ以上追求してこなかった。

 元々、ルーンは僕に興味があって近づいてきたけれど、今では友達のように過ごせていると思っていた。
 あの出来事は、もう事故だった事にして、また明日から普段通りに過ごせばいいんだ。
 けれど、これを機にルーンが僕から離れていったらどうなるのだろう?
 もしそうなったとしても、本来の生活に戻るだけだ。僕はこの学園で、卒業まで大人しく過ごすだけだ。
 どちらにせよ、卒業したらルーンと関りが無くなることは分かっていたんだ。
 明日になってルーンが僕から離れたとしても、それは別れが少し早くなっただけじゃないか。
 なのに…どうしてこんな気持ちになるんだろう?
 僕は一体、どうすれば良かったんだろう?

 次の日、ルーンは僕と距離を取ることなく、今までと同じように接してくれた。
 正直ほっとしたけれど、どこかでルーンとのお別れを意識するようになっている自分がいた。

 そして年も明け、翌年のダンスパーティーでは、約束通りルーンと二人でペアとして参加した。
 パーティーでペアになった僕は、予想通りルーンとお近づきになりたい令嬢と沢山ダンスを踊る事になった。
 ちらりとルーンが他の令嬢と踊っている姿を見ると、令嬢を自然とエスコートする姿が普段と違ってとてもかっこよく見える。その姿を見ると、やはり僕とは違う世界の人間なんだと思ってしまう。

 友達として今まで通りに過ごそうとしているけれど、何故か僕は、以前よりもルーンをよく見る様になってた。
 ダンスパーティーの時のように、ルーンが遠い存在に思える事もあれば、一方で、本当に上流貴族なのか?というような一面を見ることもある。
 一緒に庭園で土いじりをしている時に、顔に土をつけているルーンを見ているとそう思ってしまう。僕が顔の土を取ってあげると、ルーンは驚いた表情をして、けれどすぐ笑顔になった。そんなルーンを見て、僕は君に触れられるほど近くにいるんだと思ってしまう。

 それからも僕らは、互いに距離や態度が変わる事なく、ずっと友達として一緒に過ごし、気づけば学園を卒業する日が近づいていた。

 学園卒業の当日、皆が卒業パーティーに参加する中、僕は自分の部屋で、一足早く荷造りをしていた。
 卒業すれば、僕はここの人たちと会う事はないだろう。マイクとは今後も連絡は取り合うだろけれど、ルーンとは何も約束していなかった。
 互いに、もう関わることが無いと分かっている。少し寂しい気持ちもあるが、どうしようもない。
 すると、誰かがドアをノックする音がした。そして返事も待たずにドアが開かれる。
「まさか卒業パーティーにも参加しないとは思わなかったぞ」
「帰りが大変なので。少しでも早く支度をしたかったんです」
「…」
 別に卒業パーティーに参加しない数時間で何かが変わる訳でもないが、珍しくルーンは何も言わずにドアにもたれかかって僕を見ていた。
 僕はまとめた荷物を持って、ドアの方へと歩いていく。そしてルーンの近くで足を止めた。
「もう、行くのか?」
「ええ、居ても仕方ないですし」
「その口調はなんなんだ」
「もう学生生活も終わりだと思いまして、感覚を取り戻そうかと」
「…最後に喧嘩売ってるのか?」
「冗談だよ、そんな顔するなって」
 ルーンの「最後」という言葉に苦しくなる。
 本当にもう、お別れなんだ。もうルーンと、会う事がないんだ。
 僕は喉にまで上がって来ている苦い気持ちを飲み込み、必死に表情を意識して微笑んだ。
「君と過ごせて楽しかった。僕と友達になってくれてありがとう」
 僕は右手を差し出す。
 ルーンはその手をじっと見つめていたが、ゆっくりと僕の手を握り返した。
「父上が…お前に縁談を勧めたと聞いた」
「…?あぁ、わざわざ僕の後ろ盾になってくれて、僕にはもったいないご令嬢を紹介して下さったよ」
 実は数日前、ルーンの父親から僕に会いたいと連絡があった。わざわざ僕のために縁談の話を持って来てくれたのだ。ルーンにはそのことを言っていなかったので、ルーンの父親が直接ルーンに話したのかもしれない。
 ルーンは表情の無いまま僕を見る。
「その令嬢と、結婚するのか?」
「…えっ?…あぁ…まぁ…うん…おそらくね。断る理由もないし…元々断ることなんて出来ないし…」
「…そうか」
 僕は握っている手にぎゅっと力を込めた。
「じゃあもう行くよ。ルーンもお元気で」
 すると、ルーンが握っていた手を引き寄せて、僕を抱きしめてきた。
 一瞬驚いたけれど、僕は抵抗することなくじっとしていた。
 そしてしばらくしてから、ルーンの背中に手を回してポンポンと叩いた。
「ルーン、君に会えて良かった」
「…」
 ルーンは何も言わず、ただ強く、僕を抱きしめた。
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