学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ

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前編

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 相変わらず毎日4人で昼食を取っていたが、あれ以来パートナーの件は話題に上がることはなかった。
 そしてそのまま、ダンスパーティー当日を迎えた。
 僕は体調不良という事で欠席し、着飾ったマイクを見送ってからは、部屋に閉じこもっていた。
 勉強をする気も起きず、ただ窓辺で空を見上げる。雲一つない夜空には沢山の星が輝いている。まさにダンスパーティーにぴったりの夜だなと思う。
 ダンスパーティーは普段交流のない人と関わるチャンスだから、きっと今頃は、ルーンやジャンは沢山の人に囲まれているだろう。マイクだって婚約者と楽しく踊っていているに違いない。
 僕の事を心配しながらも、楽しそうに出かけて行ってたマイクの表情を思い出す。
 僕はルーンたちの様に注目を浴びるような上流階級でもなく、マイクの様に決まった婚約者がいるわけでもない。
 僕がこの部屋に閉じこもっていたって、誰も気にしない。本来僕はそういう立場なんだ。ここ最近は、何故かルーンに声を掛けられ、周りから注目を浴びていたから少し疲れていた。
 疲労のような虚無感を感じながら、部屋に入ってくる冷たい夜風が肌に当たった。
 そろそろ窓を閉めようかと手を掛けると、ちょうど真下の広場に、月明かりに照らされて一人の人物が立っていた。
 互いに何も言わず、しばらく見つめ合う。
 僕は小さなため息をついて声を掛けた。
「こんなところで、何しているんですか?」
「お前こそ、体調が悪いのに寝込んでいないんだな…おい!窓を閉めようとするな!」
「こんな風に会話するのは疲れるので、僕がそちらに行きます。そこで待っていてください」
 僕は窓を閉めて、驚いた顔をしたルーンの元へ向かうために部屋を出て行った。

「抜け出して来たんですか?」
「そうだ。お前もいないし、様子を見に来た」
 二人で歩きながら、足は自然と庭園に向かっていた。
 月明かりに照らされた道中は、普段と違い全く人がいない。まるで別の場所に来たみたいだと不思議な感覚になる。そして隣にはルーンが居る。本当に変な感じだ。
「お前は本当に…俺と参加するのが嫌だったのか?」
「逆に聞きます。どうしてそんなに僕に構うんですか?」
「それは…」
「僕は確かに、周りの人と態度が違っているんだと思います。多少は自覚があります。なにせ辺境の地から来たので、他の貴族との関わり方なんて分かっていないんです」
「確かにお前は…他のやつらと違う」
「だから、僕がもの珍しかったんですよね?」
「珍しいというか…」
 庭園に着いた僕たちは、しばらく互いに黙って立っていた。
 いつもはここに来ると気分が良いのに、今日はどうも落ち着かない。夜のせいかもしれないし、隣にルーンがいるからかもしれない。
 僕はゆっくりとルーンに向き合った。
「僕の一族が住む領地は、ここからとても遠くて、領地に着くまでの道もきちんと整備されていないので、首都と行き来するだけでも大変なんです。
 孤立したような場所だし、みんなが力を合わせて、やっと生きていくことのできる所なんです。だから、他の皆さんの様に、貴族どうしの関りは最低限度しかありません。そして、それ以上は必要としていません」
 ルーンは不安そうに僕の言葉を聞いている。僕が何を言おうとしているのか怖がっているようにも見えた。
 僕は感情を抑えて、話し続ける。
「ルーン様。僕に興味を持っていただいたようですが、これ以上は迷惑なんです」
「…」
 ルーンは何も言わず、表情すら無くただ僕の話を聞いている。
「立場が違い過ぎるのはお分かりでしょう?本来、ルーン様のような立場の人に言われたら、僕は絶対逆らえない。実際マイクは、ルーン様の言葉に素直に従いますよね」
「だけどお前は…俺からの誘いを断ったじゃないか…」
 声を絞り出したかのように、ルーンが弱々しく答える。
「ええ、断りました。退学を覚悟で」
「なっ…」
「僕、元々この学校に来るつもりはなかったんです。無理やり来たようなものだったし。
 今年分の学費はもったいないけど、退学になっても仕方がないと思っていました。それでもルーン様は僕に構ってくる、ジャン様と共に」
「ジャンは…」
「ジャン様はあなたとは違う。僕は三大貴族であるルーン様の誘いを断っています。彼はそれを面白がっていたし、少なからず、その反対の感情も持っていると思います。
 僕が貴族社会において、ルーン様にとって良くない存在だと思えば、容赦なく切り捨てるでしょう。だからルーン様から、今日限りで僕に関わらないようにしてほしいんです」
「…」
 ルーンは何も言わず、ただじっとカイルを見ている。
 その瞳にはどんな感情があるのか読み取れない。けれど、言うべきことは言った。
 これ以上はカイルも言うことが無いし、ルーンに少し頭を下げて、部屋へ戻ろうと歩き始めると、ルーンが手首を掴んできた。
「…だからか?」
「えっ?」
「俺が三大貴族だから、お前は俺にそんな態度を取るんだな?」
 手首を掴んでいる力が強くなる。カイルはルーンをまっすぐに見て言った。
「そうです。あなたが三大貴族であり、僕が辺境の地の者だからです」
「お前は…階級で人を判断するような奴じゃない…」
「判断…ですか?」
「そうだ。俺はお前が、どんな奴にでも平等に接しているのを知っている。同じクラスの奴でも、違う学年の奴でも、教師や…ここの…庭師にだって…」
「えっと…」
「俺は見たんだ。お前が他の色んな奴に笑いかけているのを。お前は愛想笑いなんかせず、本当に楽しい時に笑うんだ。
 俺と一緒にいて笑わないのは…俺が三大貴族からなのか?」
 笑うって…いきなり何を言い出しているんだろう?いつ僕が笑っているのを見たのだろう?三大貴族に物怖じしないから、珍しがっていたんじゃないのか?
「…それとも…俺と一緒にいて笑わないのは、俺自身の問題なんだろうか?」
 先ほどから話が分からなくなってきた。要は関わらないで欲しいだけなのに、どうして僕がルーンと居て笑わない話になっているんだろう?
 気づけば、ルーンは両手でカイルの両手を握っていた。カイルは困った顔でルーンを見る。
「カイル、俺は…他の奴らと同じように俺を見て欲しいだけなんだ。ジャンには絶対にお前に手出しをさせない。
 もう少し…もう少しだけ、俺と過ごしてくれないか?」
 ルーンは今まで見たことのないような表情をしている。カイルを握る手が、少し震えているのが伝わる。
 どうしてこの人は、こんなにも必死なんだろうか?この学園で名前を知らない人がいないルーンが、どこの領地からきたのかも分からないようなこの僕に、学園の片隅の庭園で。
 どうして僕の手を握っているんだろう?
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