鬼と桃太郎

そらうみ

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いざ鬼ヶ島へ

犬猿雉

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 月が明るく照らす道を、桃太郎は1人鬼ヶ島へ向かって歩いていた。初めて村を出て鬼退治に向かっているというのに、桃太郎の足取りは軽かった。鬼と戦う不安や恐怖より、鬼ヶ島に向かう事が大きな意味になっていると確信していた。
 私はあの村で、みんなに疎遠されて過ごしてきた。別にそれ自体は構わない。お爺さんお婆さんはとても良くしてくれていたし、毎日体を動かし、生きていくことに一生懸命だった。だが、心のどこかで、何かがずっと自分に語りかけていたのだ。ここは自分のいるべき場所ではない。もしかしたら、鬼を退治するために私は生まれてきたのかもしれない。まだ鬼と対峙していないからかもしれないが、不思議と恐怖がないのだ。今はただ、鬼ヶ島に向かう事が自分の生きる目的になっていると感じていた。
 そんな事を考えながら桃太郎が歩いていると、行く道の遠く先から、何かが桃太郎を見ていた。桃太郎はサッと刀に手をかけ構えたが、やがてその手を離した。桃太見ていたものは段々と桃太郎に近づき、そして話しかけてきた。
「桃太郎さん、桃太郎さん。こんな夜中にどちらへおでかけですか?」
 話しかけてきた犬は、月明かりに照らされて真っ白に輝いていた。桃太郎は話しかけてきた犬の視線に合うよう膝をついた。
「私は鬼ヶ島へ鬼退治に向かっているのだ。それよりもどうして私の名前を、そして私が桃太郎だと知っているんだ?」
「桃太郎さんはこの辺りじゃ有名なんです。私も普段はあちらこちらを彷徨っていますが、あなたの噂は遠くまで広がっているんですよ。そしてその桃太郎さんが、鬼を退治してくれないかと、さまざまなところで言われているのも聞いていますよ」
「そうか。私は色んな者に知られていたんだね。そしてますます、私は鬼ヶ島へ向かわなければならない事が分かったよ」
「お一人で鬼ヶ島へ向かわれるのですか?」
「あぁ、見ての通り私は1人だよ。私1人なら、何があっても誰にも迷惑をかけないだろう」
「いくら力の強い桃太郎さんでも、1人で鬼に向かうのは危険です。そうですね、私がお供しましょう」
「驚いた。君が鬼ヶ島へ付いて来てくれるのかい?だけどそれは必要ない。君がいても、私は君を守ってあげる事が出来ないよ」
「私を守って下さらなくても結構です。自分の身は自分で責任を持ちます。ただ、私がいればきっとお役に立ちますよ。何せ、この辺り一体のことは何でも知っています。どうかお供させて下さい。きっとお役に立ちますから」
 犬は桃太郎にすがるように言っている。
 桃太郎も、実際鬼ヶ島へ向かうのにはどうすればいいのか全く考えていなかったので、実際犬がいてくれると情報を教えてくれると感じた。鬼も、人ならまだしも、犬ならすぐに襲ったりはしないだろうし、犬もきっと危険を察知するとすぐに逃げる事が出来るだろう。
 桃太郎はその場で腰を下ろし、家から持ってきた荷物を解いた。
「ありがとう。では鬼ヶ島へ私と一緒に来てくれるか?私は自分の身を守るので精一杯だと思う。危険だと思ったら、自分の身を第一に考えると約束してくれ」
「分かりました。きっとお約束しますよ。とろこで、先ほどから何をしているのですか?」
「家から持ってきた食べ物を出している。ずっと歩き続けていたから休憩もろくに取っていなかったんだ。君も食べるかい?」
「はい、頂きます。実はとてもお腹が空いていたんです」
 2人は道沿いに座り、月の光に照らされながら、お婆さんが用意してくれたご飯を食べた。
 すると犬が桃太郎に尋ねる。
「桃太郎さん、今頂いた、このお団子は何でしょうか?」
「あぁ、それはきび団子だよ。お婆さんがいつも作ってくれたんだ」
「桃太郎さんにはお婆さんがいるのですか?」
「お爺さんとお婆さんと3人で暮らしていたんだ。私はどうやら、桃から生まれたらしくてね。2人とは血が繋がってはいないのだけれど」
 そう桃太郎が話すと、犬はそれから静かになり、何かを考えているようだった。そして何も言わず、そっと月を見上げていた。

 日が登ってから、桃太郎と犬は共に旅をした。
 犬が言う事には、鬼ヶ島は孤島なので、船で渡っていかなければならない。なので鬼ヶ島に1番近い港へ、犬が桃太郎を案内していた。桃太郎と犬が歩いていると、何処からか声が聞こえてきた。
「桃太郎さん、桃太郎さん。まさかとは思いますが、犬のお散歩中ですかい?」
 犬が鼻を上にあげ、声が聞こえてきた方向に向かって吠え出した。
「おっとそんなに吠えなさんな。今降りていきますよ」
 すると木の上から、一匹の猿が降りてきた。
「桃太郎さんこんにちは。どちらまでお散歩ですかね?」
「私は散歩をしているんじゃないよ。犬と一緒に、鬼ヶ島へ鬼退治に行くところだ」
「そいつは驚いた。犬と一緒に鬼を倒せるんですかね?」
 桃太郎の前にいる犬は、猿に向かって唸っている。
「おっと失礼、冗談ですよ。桃太郎さんなら鬼を倒せるんでしょうよ。でもね、犬の案内があっても、鬼ヶ島にたどり着くのは難しいんじゃないですかね。
 鬼ヶ島へはどうやって行くおつもりで?」
「鬼ヶ島に近い港から、船で向かうつもりだ」
「そいつは無理な話だ。船に渡って鬼ヶ島に向かうなんて、鬼にすぐ見つかってしまう。どうです?私をお供に加えませんか?こう見えて、私は鬼ヶ島へは何度も行ってるんですよ?」
「鬼ヶ島へ一体何しに?」
「私は食べる事が大好きなんです。それも美味しいものを、たらふく食べるのが。鬼ヶ島には沢山の美味しい食べ物があります。鬼たちはいつも宴会騒ぎで、猿が一匹紛れていたって気にもしません。なので何度かお邪魔してるんですよ。鬼ヶ島へ行くのも慣れてます。鬼にバレずにたどり着くことを保障しますぜ」
 犬は唸るのをやめていたが、険しい顔で猿を睨んでいた。そして桃太郎は犬をなだめながら猿に話しかける。
「もしそれが本当なら、是非とも一緒に来てもらいたい。頼りになる」
「ええ、ええ、お任せ下さい。鬼ヶ島へ案内するのに、何か先に、私に食べ物をくれませんかね?」
「食べ物?今ちょうどきび団子を持っているが、食べられるのか?」
「きび団子。そいつで結構です。お一つ頂きますよ」
 猿は桃太郎の手からきび団子を一つ受け取り、そのままパクリと食べてしまった。
「美味いきび団子だ。私は美味いものを食べるために生きていると言っても過言ではありませんぜ。確かにお供しますよ」
 そう言って、桃太郎と犬と猿が鬼ヶ島へ向かう事となった。犬は猿にはずっと警戒心を持っているようだったが、猿は特に気にする様子もなく、桃太郎を中心に歩いて行った。

 桃太郎と犬と猿が歩いていると、険しい山道に入った。目の前の道に気をつけながら歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。
「桃太郎さん、桃太郎さん。犬と猿と一緒に、どちらまでお出かけですか?」
 声の主の姿が見えず、桃太郎が周りを見渡すと、犬が上空を見上げて吠え始めた。桃太郎も見上げると、大きなきじがゆっくりと降りてきて、桃太郎達の前に降り立った。
「私達は鬼ヶ島へ鬼退治に向かっている」
「桃太郎さんと犬と猿でですか?」
 雉はゆっくりと桃太郎達を眺め、それから静かに話し始めた。
「もしよろしければ、私が鬼の偵察をしましょう。私は戦力にはなりませんが、桃太郎さん達の手助けができると思いますよ。私は空を飛べるので、あなた達の近くを飛びながら、何かあれば知らせましょう」
「もしそのように手助けしてくれるのならば助かる。鬼の様子など、何かあれば知らせて欲しい」
「分かりました。ではそのように致しましょう」
 そう言って雉が飛び立とうとすると、桃太郎が呼び止めた。
「雉、もし良ければ、きび団子を食べないか?犬にも猿にも食べてもらっていたんだ。鬼退治を手伝ってくれるお礼と言っては釣り合わないが、気持ちだけでも受け取ってもらえないだろうか?」
 そう言って、桃太郎は腰につけたきび団子を、一つ雉の前に差し出した。すると、雉は優しく微笑み、桃太郎からきび団子を受け取ると、そのまま空へと飛んで行ってしまった。
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