18 / 19
18
しおりを挟むすっかり興奮したクレマンはその足でアルメスの邸宅へと向かうのだった。ナイフを剥き出しにしたまま彼は真っすぐに見据える。
「待っているが良いアルメスよ、貴様も同じ道を……いいや、そうじゃない。正妃として迎えてやろうじゃないか。何れにせよお前の能力が必要だからな、ヒヒッ!こうなったらとことん利用してやろう」
自分が王太子として助かる道を模索した彼は下衆いことを考えた。やはり歴史が変わろうと本質は変わらないようだ。
「ヒヒッ!クハハハッ!みんな俺の駒となって働けよ、俺は選ばれた者なのだから!」
サハンナを失って狂ってしまった事も手伝ってか、彼は正常な精神状態ではないようだ。その手に光るナイフの切っ先がどんな状態かも知らずに彼はひたすら歩く。
そうして侯爵邸にまんまと侵入したクレマンは彼女がいるであろう寝室を探した。当りはつけている、二階の奥の陽当たりの良さそうな所だ。
そこにはやはり護衛騎士が巡回していたが何度も同じ動作を繰り返しをしている、ある程度パターンを覚えると隙をみつけた。クルリと向きを変える瞬間、ほんの僅か背を向けるのを見逃さない。
まんまと隙をついてアルメスの居室へするりと入っていった。ここでも裸足で歩いていたので忍びこむのは簡単だった。あまりにも簡単だったことを少しは警戒すべきなのだが。
「ふふ、漸く辿り着いたぞアルメス。まだガキだが既成事実を作ってしまえば良いだろう、例え未遂でも醜聞はついてまわることになる」
彼は天蓋ベッドでスヤスヤ寝息を立てている呑気な獲物をジッと見つめる。そして、ニタリと下品に嗤うと毛布に手を掛けて一気に剥ぎ取った。
「起きろよアルメス、だが声は立てない方が良い。お前の醜態を晒したくないのならな」
白い肢体が闇に浮かんだ、長い髪の毛が背中に絡んでいた、だが反応はない。寝ぼけているのかと揺さぶってみる「う~ん」と唸る声が聞こえた、益々調子に乗ったクレマンは再び揺さぶろうと手を伸ばした。
「ギャアアアア!」
絶叫したのは男の声だ、アルメスのものではない。そう手を伸ばしたクレマンの声である。彼は右腕を抑えてジタバタと床を転げていたのだ。
「やぁ、こんな夜更けになんの用かな?王太子殿、困るなぁ寝不足は美容に良くない」
「うがぁあ!……な、なんで……ヒィヒィ」
鬘を面倒そうに剥ぎ取るニールが大欠伸で歓迎した、そして、白い寝間着を脱ぐと下から騎士服が出て来た。
「お前の事を泳がせた、面白いようにかかってくれたね。オクタヴィア様をどうにか出来ると思ってたの?そんなわけがないだろう。そのナイフが刺したのは牛肉に塊だよ」
ニールは指差したナイフを残念そうに言う、クレマンはハッとしたように床のナイフを確認する。確かに肉片らしきがこびり付いていたが、血痕がなかった。代わりに落ちていたのは先ほど貫かれた自身の腕の血だけだ。
「く、クソ!良くも高貴な俺を傷つけたな!許さないぞ侯爵令息風情が!」
クレマンは床に這い蹲って最後の矜持を振りかざす、ここにきて尚、王族の威厳とやらを忘れない。
「許されないのは貴方よクレマン、アングラルドの王子を襲うなんて信じられないわ」
背後から彼女の声が聞こえてきた、両脇には護衛騎士らを侍らせている。
「アルメス!お前は……どうしてだ、どうして想い通りに動かない!正妃にしてやろうとここまで来たのに!欲しくはないのか!正妃の座だぞ!」
しかし、アルメスは残念な生き物を見る目でこう言った。
「私、お飾り正妃も都合の良い側妃も興味ないのよ。絶対お断りだわ」
508
お気に入りに追加
521
あなたにおすすめの小説
殿下に裏切られたことを感謝しています。だから妹と一緒に幸せになってください。なれるのであれば。
田太 優
恋愛
王子の誕生日パーティーは私を婚約者として正式に発表する場のはずだった。
しかし、事もあろうか王子は妹の嘘を信じて冤罪で私を断罪したのだ。
追い出された私は王家との関係を優先した親からも追い出される。
でも…面倒なことから解放され、私はやっと自分らしく生きられるようになった。
病気で療養生活を送っていたら親友と浮気されて婚約破棄を決意。私を捨てたあの人は――人生のどん底に落とします。
window
恋愛
ナタリア公爵令嬢は幼馴染のラウル王子とご婚約になりました。このまま恵まれた幸せな人生を歩んでいけるに違いない。深い絆で結ばれた二人は無意識のうちにそう思っていた。
ところが幸せ絶頂のナタリアに転機が訪れる。重い病気にかかり寝込んでしまいます。ナタリアは過酷な試練を乗り越えて、ラウルとの結婚式を挙げることが唯一の生きがいと思いながら病魔を相手に戦い抜いた。
ナタリアは幸運にも難を逃れた。投薬で体調を回復して心身ともに安定した日々を過ごしはじめる。そんな中で気がかりなことがひとつあった。ラウルがお見舞いに来てくれないこと。最初は病気がうつる可能性があるからお見舞いはご遠慮くださいと断っていた。
医師から感染のおそれはないと認めてもらっても一向にお見舞いに来てくれなかった。ある日ナタリアは自分から会いに行こうと決心して家から抜け出した。
ラウル王子は親友のアイリス伯爵令嬢と浮気をしていた。心の支えだと信じていた恋人と親友の裏切りを知ったナタリアは眼つきが変わり煮えくり返るような思いで怒りに震える。我慢できずに浮気現場に問答無用で乗り込み直接対決をする。
聖女で美人の姉と妹に婚約者の王子と幼馴染をとられて婚約破棄「辛い」私だけが恋愛できず仲間外れの毎日
window
恋愛
「好きな人ができたから別れたいんだ」
「相手はフローラお姉様ですよね?」
「その通りだ」
「わかりました。今までありがとう」
公爵令嬢アメリア・ヴァレンシュタインは婚約者のクロフォード・シュヴァインシュタイガー王子に呼び出されて婚約破棄を言い渡された。アメリアは全く感情が乱されることなく婚約破棄を受け入れた。
アメリアは婚約破棄されることを分かっていた。なので動揺することはなかったが心に悔しさだけが残る。
三姉妹の次女として生まれ内気でおとなしい性格のアメリアは、気が強く図々しい性格の聖女である姉のフローラと妹のエリザベスに婚約者と幼馴染をとられてしまう。
信頼していた婚約者と幼馴染は性格に問題のある姉と妹と肉体関係を持って、アメリアに冷たい態度をとるようになる。アメリアだけが恋愛できず仲間外れにされる辛い毎日を過ごすことになった――
閲覧注意
彼の大切な幼馴染が重い病気になった。妊娠中の婚約者に幼馴染の面倒を見てくれと?
window
恋愛
ウェンディ子爵令嬢とアルス伯爵令息はとても相性がいいカップル。二人とも互いを思いやり温かい心を持っている爽やかな男女。
寝ても起きてもいつも相手のことを恋しく思い一緒にいて話をしているのが心地良く自然な流れで婚約した。
妊娠したことが分かり新しい命が宿ったウェンディは少し照れながら彼に伝えると、歓声を上げて喜んでくれて二人は抱き合い嬉しさではしゃいだ。
そんな幸せなある日に手紙が届く。差出人は彼の幼馴染のエリーゼ。なんでも完治するのに一筋縄でいかない難病にかかり毎日ベットに横たわり辛いと言う。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
window
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。
window
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。
「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」
ある日ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。
【完結】私と婚約破棄して恋人と結婚する? ならば即刻我が家から出ていって頂きます
水月 潮
恋愛
ソフィア・リシャール侯爵令嬢にはビクター・ダリオ子爵令息という婚約者がいる。
ビクターは両親が亡くなっており、ダリオ子爵家は早々にビクターの叔父に乗っ取られていた。
ソフィアの母とビクターの母は友人で、彼女が生前書いた”ビクターのことを託す”手紙が届き、亡き友人の願いによりソフィアの母はビクターを引き取り、ソフィアの婚約者にすることにした。
しかし、ソフィアとビクターの結婚式の三ヶ月前、ビクターはブリジット・サルー男爵令嬢をリシャール侯爵邸に連れてきて、彼女と結婚するからソフィアと婚約破棄すると告げる。
※設定は緩いです。物語としてお楽しみ頂けたらと思います。
*HOTランキング1位到達(2021.8.17)
ありがとうございます(*≧∀≦*)
【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます
衿乃 光希
恋愛
卒業パーティーの最中、婚約者から突然婚約破棄を告げられたシェリーヌ。
婚約者の心を留めておけないような娘はいらないと、養父からも不要と言われる。
シェリーヌは16年過ごした国を出る。
生まれた時からの側近アランと一緒に・・・。
完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる