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すっかり興奮したクレマンはその足でアルメスの邸宅へと向かうのだった。ナイフを剥き出しにしたまま彼は真っすぐに見据える。

「待っているが良いアルメスよ、貴様も同じ道を……いいや、そうじゃない。正妃として迎えてやろうじゃないか。何れにせよお前の能力が必要だからな、ヒヒッ!こうなったらとことん利用してやろう」
自分が王太子として助かる道を模索した彼は下衆いことを考えた。やはり歴史が変わろうと本質は変わらないようだ。



「ヒヒッ!クハハハッ!みんな俺の駒となって働けよ、俺は選ばれた者なのだから!」
サハンナを失って狂ってしまった事も手伝ってか、彼は正常な精神状態ではないようだ。その手に光るナイフの切っ先がどんな状態かも知らずに彼はひたすら歩く。


そうして侯爵邸にまんまと侵入したクレマンは彼女がいるであろう寝室を探した。当りはつけている、二階の奥の陽当たりの良さそうな所だ。

そこにはやはり護衛騎士が巡回していたが何度も同じ動作を繰り返しをしている、ある程度パターンを覚えると隙をみつけた。クルリと向きを変える瞬間、ほんの僅か背を向けるのを見逃さない。

まんまと隙をついてアルメスの居室へするりと入っていった。ここでも裸足で歩いていたので忍びこむのは簡単だった。あまりにも簡単だったことを少しは警戒すべきなのだが。



「ふふ、漸く辿り着いたぞアルメス。まだガキだが既成事実を作ってしまえば良いだろう、例え未遂でも醜聞はついてまわることになる」
彼は天蓋ベッドでスヤスヤ寝息を立てている呑気な獲物をジッと見つめる。そして、ニタリと下品に嗤うと毛布に手を掛けて一気に剥ぎ取った。

「起きろよアルメス、だが声は立てない方が良い。お前の醜態を晒したくないのならな」
白い肢体が闇に浮かんだ、長い髪の毛が背中に絡んでいた、だが反応はない。寝ぼけているのかと揺さぶってみる「う~ん」と唸る声が聞こえた、益々調子に乗ったクレマンは再び揺さぶろうと手を伸ばした。

「ギャアアアア!」
絶叫したのは男の声だ、アルメスのものではない。そう手を伸ばしたクレマンの声である。彼は右腕を抑えてジタバタと床を転げていたのだ。

「やぁ、こんな夜更けになんの用かな?王太子殿、困るなぁ寝不足は美容に良くない」
「うがぁあ!……な、なんで……ヒィヒィ」

鬘を面倒そうに剥ぎ取るニールが大欠伸で歓迎した、そして、白い寝間着を脱ぐと下から騎士服が出て来た。
「お前の事を泳がせた、面白いようにかかってくれたね。オクタヴィア様をどうにか出来ると思ってたの?そんなわけがないだろう。そのナイフが刺したのは牛肉に塊だよ」

ニールは指差したナイフを残念そうに言う、クレマンはハッとしたように床のナイフを確認する。確かに肉片らしきがこびり付いていたが、血痕がなかった。代わりに落ちていたのは先ほど貫かれた自身の腕の血だけだ。

「く、クソ!良くも高貴な俺を傷つけたな!許さないぞ侯爵令息風情が!」
クレマンは床に這い蹲って最後の矜持を振りかざす、ここにきて尚、王族の威厳とやらを忘れない。

「許されないのは貴方よクレマン、アングラルドの王子を襲うなんて信じられないわ」
背後から彼女の声が聞こえてきた、両脇には護衛騎士らを侍らせている。

「アルメス!お前は……どうしてだ、どうして想い通りに動かない!正妃にしてやろうとここまで来たのに!欲しくはないのか!正妃の座だぞ!」

しかし、アルメスは残念な生き物を見る目でこう言った。
「私、お飾り正妃も都合の良い側妃も興味ないのよ。絶対お断りだわ」











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