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愚者の毒 荒ぶるもの

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二日後の朝、冒険者カイとの約束を守るため兄妹は早起きをして準備した。
久しぶりの討伐とあって、些か力み過ぎるようだ。

「ご飯も食べて身支度も完璧!約束の時間まで2時間だね!ふんふん!」
フィオナはそう言って何度目かわからないメイスの磨きをしていた、どうにも落ち着かない様子だ。
カイと落ち合うのは中央通りにある噴水前だ、宿からゆっくり歩いても5分もかからない。

「そういえばどんな化物相手か聞いてなかったぞ……」
「んん~?共闘する前に教えてくれるでしょ、厄介な相手とはいえ一人で討伐する予定だったんだもん。命の危険はないと思うんだ」

妹の言葉に「確かに」とステファーノは同意した。
Aランク冒険者のカイだが、危険が大きい相手に対して一人だけ派遣するほどギルドも馬鹿ではない。
倒しやすいが面倒な相手なのだろうと兄妹は予想した。
どちらにせよ、二人は討伐の補助をする立場だ、余計な口出しはできない。

「ただ……引っ掛かりを感じる」
「え?なに?」

ステファーノは思わず口にした言葉に妹が反応したので、ただの独り言だと言って誤魔化した。
その後、どうにも落ち着かない様子のフィオナの為に早すぎるが噴水で時間を潰そうと宿を出た。

噴水周囲には暇つぶしと思われる老人や、待ち合わせと見られる若者が幾人かベンチなどにいた。
浄化されて循環している噴水には異臭はなかった。

フィオナは安心して噴水に手を伸ばして弄ぶ、ステファーノは何をするでもなく待機して時を待った。
「お兄ちゃん。退治したら、ここにもう一泊して明日発つでいいの?」
「うん、そうだな。別に長居する用事もない」
「だよねー了解。そうすると次は大都市だね!」

織物の町として優れているようだったが、買い付け商人以外に長く留まる者は少なそうだ。
活気はそれなりあるが、面白いものはなにもなかった。

噴水広場の絡繰り時計が動き出し、10時を告げた。
オルゴールの音楽と共に小さなブリキ人形が盥を踏みつけ歓声を上げる仕草をし、染まった布を干す仕草を繰り返す。
兄妹は物珍しい寸劇に目を奪われ、見事なものだと感心した。

近くでパイプの煙を燻らせていた老人が声をかけてきた。
「旅の方には珍しいかね、私は見飽きてしまったよ」と言って笑う。
「色々と巡りましたが絡繰り時計は初めてなので、きっと町が裕福なんですね」

ステファーノがそう返すと老人は自慢そうに頷いた。
やはり染物の町は各所で有名らしく、商人たちがたくさん金を落とすのだと言った。
そんな話をしていると、不満顔のフィオナが兄の袖を引っ張る。

「お兄ちゃん、約束の時間を大分過ぎてるよ?カイはすっぽかしたのかなぁ」
そう突かれて気が付いたステファーノは時計の針がすでに15分ほど傾いていた事に慌てた。
口約束だったが約束を袖にするタイプにも見えなかった、なにか不測の事態でも起きたのかと危惧した。

兄妹二人は手分けしてカイを探すことにした、30分ほど噴水広場周辺をグルグル見回したがそれらしい人物は見当たらなかった。結局は反故にされたと判断して、連泊はせずに次の町へ移動しようかと相談する。

「まったくもう!約束守れないヤツは碌な大人になんないんだから!」
フィオナはプリプリと怒ったが、兄にドライフルーツを貰うとすぐ機嫌が直った。単純である。
それからはぐれない様に手を取り合い辻馬車乗り場へ移動しようと彼らは歩いた。


***

定期辻馬車が向かうのはスカンツという都市だった。伯爵が治める領主街なのでかなり大きいらしい。
ギルドもあるが野良冒険者に優しいかは訪ねなければわからない。

「時間が少しできたね、ちょっと早いけど昼ご飯たべちゃおうか?」
「うん、賛成!ねぇ果実水を飲んでも良い?」
あまりに強請るので兄はとうとう折れた、おねだりに成功したフィオナは満面の笑みだ。
適当な屋台で肉サンドを買い、非常食の乾パンを少し手に入れた。

彼らが肉サンドを頬張っていると岸向こうの染物工場から火の手が上がった。
町一番大きい染物工場から事故が起きたと叫び、街の人々が野次馬に集まった。

「まさに対岸の火事だな」
堅いパンの塊を喉に押し込んで、ステファーノは野次の群れに紛れ込んだ。負けじと追いかけるフィオナ。
小柄な妹はピョンピョンと跳ねて「なにがどうなの!?」と兄に状況を教えろとせがむ。


「ん、なんかバカデカいのが暴れてるよ。そこにカイがいるのかもしれない」
「ええー!?今から加勢に行く?」

フィオナが目を輝かせるがステファーノは良い顔をしない。
少し思うところがあるようだ、基本は妹に甘いのだがここぞという時は譲らない。彼の厳しい表情を見たフィオナは危険な事態にあると察知した。

「お兄ちゃんの判断に従うよ」
「うん、事故現場を見分してこよう。フィは離れてついてくるように」
妹は素直に了解すると兄の後ろについて走った、対岸に向かう橋には人だかりが出来ていて邪魔だった。
しかし、フィオナが昏倒魔法を唱えるとバタバタと眠りこけ道がひらけた。

「非常事態だから許してねー!」

対岸に到着すると消火に駆け付けた魔法使いが咳き込みながら対応していた。火の手が弱まる様子はなく手こずっていた。道路わきには工場から救出されたらしい職員らが煤けた姿で横たわっている。

「お兄ちゃん、私は救護の手伝いをするから。暴れん坊の様子を見てきて!無茶しちゃダメよ?」
「あぁ、わかった。また後で」

妹から離れたステファーノは建物の陰に入ると己の姿を透明化して浮遊すると、化物に立ち向かった。
その巨体は頭が三つの蛇だった、青い鱗がぬめぬめと気色が悪い。その長い体躯にはいくつもの傷が見えた。

”これはフィには酷な相手だな、彼女は蛇は苦手だから……おい、お前私の声が聞こえるか?姿は見えるか?”
ステファーノは化け物の目の前に浮いて問いかけた。六つの黄色い目が彼を捉える。

『お前は人とは違う気配がする、何者だ?』左の頭が話しかけてきた。一番冷静な頭部と見える。
『話すことなどない!邪魔だてするな!食い殺すぞ!』右端の頭が怒り狂って頭を振り回した。
中央の頭はただ静観するつもりのようだ。
理性と感情的な二つの頭、そして無という奇妙な生き物だった。


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