完結 妹がなんでも欲しがるので全部譲りました所

音爽(ネソウ)

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再婚約の条件を提示されたアロイスはこんな事で結べるのなら容易いことだと鼻で笑う。

・観察期間に浮気をしないこと(100日間)
・ユリアネの要望は迅速に対応すること
・嘘は吐かないこと
・真面目に働くこと
これらのことを破った場合、身体の一部の自由を奪われる。そして違約金を金貨五千枚一括で支払い、婚約を諦めるという念書を作製してユリアネは突きつけた。一方的な条件をだせば諦めると思ったのだ。

だが、羊皮紙に箇条書きされた項目を呼んだアロイスはさらさらとサインして血判を押した。
呪術契約だというのに彼はまったく動じることなく取引を済ませてしまった。
目の前で呪いを受けたカリーナの悲惨な変貌を目撃したというのに、あまりの危機感のなさにユリアネは呆気に取られる。
「アロイス、撤回は出来ないのよ。私に恨みを買えば容姿も崩れるし最悪は欠損するのよ」
「はは、なにを言ってるのさ。カリーナの我儘に比べれば可愛いものじゃないか」
ユリアネはその言葉を聞いて肩を竦めると「物は捉え方次第のようね」と言った。たしかに性悪な妹の世話に比べれば簡単なことに見える。

そして準備しておいた指輪を互いに装着すると互いを牽制するように見つめ合った。
「では契約成立ね、100日後が楽しみね」
「ああ、来年の春には結婚して貰うからな覚悟していたまえ」
彼はすでに勝ったと思ったようで、涼しい顔をしてユリアネの元を去って行った。その背を見送る彼女は哀れなモノを見るような顔をしていた。

***

子爵邸に戻ったアロイスは早速と両親に報告をする。
100日後、条件を満たせば再度婚約が成立すると楽しそうに語って聞かせた。二度も同じ家と破談したにも拘わらず軽い調子の我が息子を見て父親は怒り、母親はさめざめと泣き真似をして息子をチラ見する。
「一人息子だからと甘くしてきたが、いい加減にしろ。次はないからな」
「わかってますよ、父上。私だってバカじゃない、この程度の約束をやぶりません」
自信満々に宣言する息子に親たちは疑念を抱えながらも「そこまで覚悟があるなら」と認めざるを得なかった。

「アイツがダメなら縁戚の子供にでも子爵位を継がせれば良い、私は家格を護れたらそれで良いからな」
彼の父は冷たくそう言い放った、どうして貴族はこうも家族の愛より家の尊厳ばかり気にするのだろう。母親の方は社交界で目立つことばかり気にしていて、金にものを謂わせマウントを取ることばかりしている。
「私の方が大粒のルビーを持っていると知らしめた時の公爵夫人の顔ときたら!あんな愉快な瞬間はなかったわ」
夫人はそう言って左手にずっしり重い赤石を自慢する。

子爵家は誰も彼もクズばかりだ。

100日間の約束を交わしたアロイスはというと最初の頃は勤勉で規則正しい生活を送っていたが、喉元過ぎればなんとやらで半月ほどで気が緩み始める。
ユリアネからの要望とやらが一切なかったのも大きな理由かもしれない。
「バレなきゃ良いんだろ、離れていては知り様もないだろうに」
元からゲスい思考をしがちな彼は毎夜飲み歩くことが増えて、酒場の女達を口説いて周る。酔いに任せて戯れる程度から次第に行動が大胆になって行く。

そして、彼はとうとうやらかす、禁じられていた”浮気”に走ったのだ。
口説くことに成功した酒場の女を持ち帰り宿場でよろしくやってしまったのだ。貴族の女遊びは良くあることだ、アロイスもまた先人を倣って愚行に興じたに過ぎない。
しかし、実際は御婦人方が恋人もしくは夫の浮気を許しているわけではなく、ただ諦めているだけなのだが男どもはそれを見て見ぬふりをする。

アロイスは契約の指輪を一応気にして、しきりに磨いていたが取り立てて大きな変化は見られなかったので安堵した。
「なんだ、やはり彼女自身に気取られさえしなければ安全なんじゃないか」
取り越し苦労だったと確信した彼は益々と羽目を外すようになった。


「些細な綻びは身を亡ぼすというのに、ほんとうに愚かね」
邸宅の奥で対の指輪を磨いていたユリアネは残念そうに呟いた、せっかくチャンスを与えたにも拘わらずアロイスが契約を反故したことを知っていたのだ。
「直に目にせずとも彼の動向を探る方法はいくらでもあるのよ、男ってばかよね?ねぇカリーナ」
「ん、うううう」
粗末な寝具に寝かされたカリーナはくぐもった声を出して天井を見ていた。近頃はすっかり気力を失ったのか声を出すのも億劫らしい。老後を介護されている老婆のような妹の成れの果ては哀れである。

「悲しまなくても大丈夫よ、すぐに貴女の愛した彼も横に寝てくれるわ。そうすれば寂しくないでしょ、ああでもこの屋敷から出て行ってね?いずれ婿を迎えてこの家を継がなきゃならないのだもの。邪魔な物は排除する主義なの」
「ん”う”う”う”っ」
とうに追い出された両親はいまどこへ彷徨っているかわからない、頼る者がないカリーナには生き地獄しかないのだ。

「これも断捨離というのかしら?」
すっかり身軽になったユリアネは優雅な所作で妹の寝室を後にした。



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