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愛らしい姿に育った王女には重大な秘密があった、それを知った王は恐れて娘を幽閉することにした。
「お前に罪はないが側に置くと厄介だし他国に出すことも憚れる悪く思うな」
出してと懇願する幼い娘の声など無視して父王は北の幽閉塔から去って行く。
「どうして御父様?私はなにかいけない事をしたの」
あと数日で10歳の誕生日を迎えるという所にきてこの仕打ちである、寒くて暗い塔の天辺で彼女は泣いて暮らした。泣いて泣いて涙が枯れた頃、彼女の心は壊れてしまう。
一日一回訪ねてくる世話係の侍女は、王女が食事を摂っていないことに気が付いた。このままでは餓死するだろうと上司に連絡したのだが……。
部下から報せを聞いた王と王妃は惨い言葉を吐いた。
「それは良い!死んでしまえば憂うこともないぞ!捨て置け」
「その通りよ、あんな子など息をしていることすら脅威だもの」
血を分けた子に対して述べる言葉ではない、さすがに冷酷過ぎると宰相と大臣らは王族を軽蔑する。そこまで毛嫌いするのであれば毒杯でも与えれば良かったのにと思うのだ。
しかし、彼女を殺せない理由があったのである。
***
陽が落ちて肌寒くなる夕刻、その時間になると決まってか細く歌を唄う声が聞こえだす。
北の塔から風に乗ってそれは王城へコダマする、それが耳に届く度に王と王妃は酷く怯えた。夕餉の時間にもとうぜん聞こえてくるので彼らはガチガチと歯を鳴らしながら食事を摂る。
食欲などは湧かないが食べなければ彼らの方が衰弱してしまう、せっかく追い出したのにそれでも意味がない。
怨嗟の念が籠った歌声は朝が来るまで続くので王城に住む者はたまったものではない。
「あぁ!もういっそ殺してしまいましょうよ!」耐えかねた王妃が吠えた。
だがしかし、そんな事が出来るのならばとっくに処分していると王は怒る。殺せないから幽閉したのだから当たり前である。
王女が餓死して儚くなるか、王達が衰弱して果てるか根競べのようになってきた。
どうしてあの子は生まれてしまったのか、王妃は己の腹が憎くて仕方ないと殴ったり刃を立てたりもしたがなんの意味もない。ただ自傷して痛い思いをするだけだ。
王の方も不眠症に陥ってぶくぶく肥えていた身体が痩せ衰えていった。
そのうち政務にも影響が出始めて、現王を下ろそうという声まで出てくる始末である。
「巫山戯るな!余は代々国を治めて来た尊い血族ぞ!気に入らんのならば出奔でもするが良い!」
虚しい矜持だけで必死に玉座にしがみ付く愚王に臣下達は見切りをつける。
王国が崩壊するのはあっと言う間だった。
国を回すものが誰もいないのだから当たり前である、飾りの王がいたところで民は従うはずもない。
発端はなんだったのか、どうして王女は幽閉されたのか。
程なくして暴動が起こり王城に攻め込んだ民によって王族は殺された。
とうぜん民らも散り散りになって国を捨てて行った。
あとに残ったのは空っぽの城だけだ、廃墟化した王城の北の塔には未だ歌声が聞こえてくる。
擦れて何を唄っているのかわからないが王女の顔は楽しそうに笑みが浮かんでいる。
夜の空に真円の月が浮かんだ時、塔を目指して下りてくる黒衣を纏った者の姿があった。
「迎えに参りました、姫君。この地はすっかり空っぽです」
歌うのを止めた王女がゆっくり声の方を向く。
「ごくろう、思ったより長かったわ」
「御冗談を我らの寿命に換算すれば瞬き程度でしょう」
そう言い返した下僕を見て王女はニィっと弧を描いた。着崩れたドレスの胸元には魔族の紋章が見えた。
「壊れた王女を演じるのは面白かったよ」
小さな国の王妃の孕み腹に憑りついて、生まれた魔王の姫はカラカラと愉快に嗤う。
「さて次はどんな手でどの国を壊そうか」
彼らはこうして人族の世界を蝕んでいくのだった。
完
「お前に罪はないが側に置くと厄介だし他国に出すことも憚れる悪く思うな」
出してと懇願する幼い娘の声など無視して父王は北の幽閉塔から去って行く。
「どうして御父様?私はなにかいけない事をしたの」
あと数日で10歳の誕生日を迎えるという所にきてこの仕打ちである、寒くて暗い塔の天辺で彼女は泣いて暮らした。泣いて泣いて涙が枯れた頃、彼女の心は壊れてしまう。
一日一回訪ねてくる世話係の侍女は、王女が食事を摂っていないことに気が付いた。このままでは餓死するだろうと上司に連絡したのだが……。
部下から報せを聞いた王と王妃は惨い言葉を吐いた。
「それは良い!死んでしまえば憂うこともないぞ!捨て置け」
「その通りよ、あんな子など息をしていることすら脅威だもの」
血を分けた子に対して述べる言葉ではない、さすがに冷酷過ぎると宰相と大臣らは王族を軽蔑する。そこまで毛嫌いするのであれば毒杯でも与えれば良かったのにと思うのだ。
しかし、彼女を殺せない理由があったのである。
***
陽が落ちて肌寒くなる夕刻、その時間になると決まってか細く歌を唄う声が聞こえだす。
北の塔から風に乗ってそれは王城へコダマする、それが耳に届く度に王と王妃は酷く怯えた。夕餉の時間にもとうぜん聞こえてくるので彼らはガチガチと歯を鳴らしながら食事を摂る。
食欲などは湧かないが食べなければ彼らの方が衰弱してしまう、せっかく追い出したのにそれでも意味がない。
怨嗟の念が籠った歌声は朝が来るまで続くので王城に住む者はたまったものではない。
「あぁ!もういっそ殺してしまいましょうよ!」耐えかねた王妃が吠えた。
だがしかし、そんな事が出来るのならばとっくに処分していると王は怒る。殺せないから幽閉したのだから当たり前である。
王女が餓死して儚くなるか、王達が衰弱して果てるか根競べのようになってきた。
どうしてあの子は生まれてしまったのか、王妃は己の腹が憎くて仕方ないと殴ったり刃を立てたりもしたがなんの意味もない。ただ自傷して痛い思いをするだけだ。
王の方も不眠症に陥ってぶくぶく肥えていた身体が痩せ衰えていった。
そのうち政務にも影響が出始めて、現王を下ろそうという声まで出てくる始末である。
「巫山戯るな!余は代々国を治めて来た尊い血族ぞ!気に入らんのならば出奔でもするが良い!」
虚しい矜持だけで必死に玉座にしがみ付く愚王に臣下達は見切りをつける。
王国が崩壊するのはあっと言う間だった。
国を回すものが誰もいないのだから当たり前である、飾りの王がいたところで民は従うはずもない。
発端はなんだったのか、どうして王女は幽閉されたのか。
程なくして暴動が起こり王城に攻め込んだ民によって王族は殺された。
とうぜん民らも散り散りになって国を捨てて行った。
あとに残ったのは空っぽの城だけだ、廃墟化した王城の北の塔には未だ歌声が聞こえてくる。
擦れて何を唄っているのかわからないが王女の顔は楽しそうに笑みが浮かんでいる。
夜の空に真円の月が浮かんだ時、塔を目指して下りてくる黒衣を纏った者の姿があった。
「迎えに参りました、姫君。この地はすっかり空っぽです」
歌うのを止めた王女がゆっくり声の方を向く。
「ごくろう、思ったより長かったわ」
「御冗談を我らの寿命に換算すれば瞬き程度でしょう」
そう言い返した下僕を見て王女はニィっと弧を描いた。着崩れたドレスの胸元には魔族の紋章が見えた。
「壊れた王女を演じるのは面白かったよ」
小さな国の王妃の孕み腹に憑りついて、生まれた魔王の姫はカラカラと愉快に嗤う。
「さて次はどんな手でどの国を壊そうか」
彼らはこうして人族の世界を蝕んでいくのだった。
完
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