本編完結 あなたの心が見えない

音爽(ネソウ)

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20 狸の亡命 *残酷な表現があります

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デゲネフ共和国に亡命客として招かれている狸一家ことレイゲ伯爵は主要都市の一部に屋敷を賜り呑気に暮らしていた。まるで天下りのような生活で、碌に仕事もしないのに国議会内で高待遇を受けている。
客員議員の伯爵は出勤しようがしまいが給金が与えられている。生国にいた頃より怠けており、その腹はまん丸に育って球体に近くなっていた。

そして共に亡命を果たした妻とその息子も同様で屋敷内に籠り贅を尽くして過ごしていた。
「どれもこれもラクシオンを捨てたお陰よねぇ、つくづく辛気臭い国だったわぁ、女王も王子も生真面目過ぎて面白みのない人達だったものね!」
砂糖の塊のようなケーキを切り崩しながら夫人は肥えた腹をブルブル震わせて笑った。その横には長男ビリボノが座っていて同じくケーキを前にして涎を垂らす。

「母上、ホールごと齧っていいかな?いいよね!こんなにたくさんあるんだもん!あーぐ!」
許可が下りる前に大きなムースケーキにかぶり付いた息子に「やんちゃねぇ」と目を細めて眺める母である。
「でもちょっと食べ過ぎたわ、近頃はドレスがきつくて腹周りが痒いのよね。新しいものを誂えなければゲフゥ!」
「母上、それならボクのスーツも作ってよ。ボタンが弾けちゃって困ってるんだ」

そのだらしない親子の会話を聞いていた侍女らは「痩せたら良いのに」と思うのだった。
どんな時だろうと笑顔を貼り付けて世話を焼く侍従たちは政府の息がかかった監視官である。デゲネフは手放しで彼ら一家を歓迎しているわけではなかった。
かつて政務に携わり総務大臣をしていたレイゲが持つラクシオンの情報が欲しいだけだ。それらを引き出し終えればレイゲなどお役御免である。

そうとは知らない狸一家はやりたい放題に遊びくらしている。

***

怠惰な暮らしを満喫していたレイゲ伯爵に国防省長官から声がかかった。
一体何用かと面倒そうに登院した伯爵は不服そうな顔を隠そうともしない、あくまで庇護下に置かれている身であることをすっかり忘れた頭で「時間をとらせるな」と不満を漏らす。
自宅にいても惰眠を貪るか、娼婦を呼んで酒宴をあげるしか脳がないのに偉そうな物言いだった。

「多忙なところ呼び立てして申し訳ない、急なことで恐縮だが軍務演習に是非視察同行していただきたいのだ」
「演習だと?国境付近でラクシオンを揺さぶるあれか?軍部予算が余っておるのだなぁ」
国崩しの金など無駄だと思っているレイゲは関心がなさそうだ。

「いやいや、捻出するのも大変ですぞ。より良い武器開発はなかなか骨です、そこで他国からきた貴公に是非とも別視点でのご意見を賜りたいのですよ、武官らにも良い刺激となりましょう」
為政者としての矜持を揺さぶられたレイゲはニタリと嗤って答える。
「そうか、良かろう久しぶりに生国を異国の際から眺めるのも一興だ!素晴らしい演習を期待しよう」
下品にガラガラと笑う伯爵の様子を見て長官はほくそ笑んだ。

呼び出しに応じた伯爵は家族も同行して良いと許可を貰い、妻子を同伴させて軍馬車に乗り込んだ。
「暇してたから良い物見になりそうだね、ね!母上!」
「そうね、お菓子の味にも飽きていたところよ。辺境伯のところの食事はどんなものかしら?」
「山間だし山菜料理とジビエじゃないか?」

すっかりピクニック気分の狸一家だったが、悪路を行く国境砦への道は優しいものではなかった。
車輪から伝わる振動で揺さぶられた彼らは幾度も反吐を吐き、青褪めてグッタリして行った。
半日かけて到着した頃には全員ゲッソリと疲弊していて車外へ出るのも苦労した。

「や、やっとか……視察する前に休憩をさせてくれぬか?」
ボロボロになった狸一家は立っているのも辛いようだ、見かねた兵がリヤカーに乗るように言う。
荷運び用の粗末な乗り物だったが、不満をぶつける余裕もない彼らは黙って乗り込む。
屈強な兵が重そうな彼ら家族を引いて移動する、だが兵は辺境伯の城を素通りしてしまう。

別宅にでも連れて行くのかと傍観していた伯爵だったが、どうやら違うらしい。
「おい!私は休憩したいと言ったのだ!どうして演習場へ直接来た?」
ふらふらになりながらもが鳴り散らす伯爵だ、しかしリヤカーを引く兵は返答もせずに現場へ来てしまった。

「やぁ、ご足労だったな伯爵殿。いや、元だったなレイゲ」
武装兵団を率いる総大将の大柄な男が待ち構えていた、様子がおかしいと思った一家は身を縮こめ抱き合って震えた。
嫌な汗がレイゲの背を伝う、彼とて政治家の端くれだ。見覚え有るその光景を何度か目にした事がある。
整備され平坦になった広場には3本の柱が並んで地に突き刺さっていて、それぞれに縄を携えた兵が控えている。
狼狽している彼らに猿轡と目隠しが付けられた、夫人と息子が身悶えて抵抗するが無駄に終わる。

やがて柱に縛り付けられた一家にいくつもの銃口が向けられる。
「目隠しさせただけ温情と思うが良い」


山間のその地に乾いた音が十数回ほど轟いた。



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