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18 崖の下で *甘め
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「動きを見せたか……意外と大胆なことをするな」
上空から様子を伺っていたレックス王子は遊学先で手に入れた飛行魔道具を駆使して、狼藉者たちの悪行の一部始終を見学していた。
ことの悪事の首謀にして元凶である大叔父ことザクウェルは狩猟会開催時にこそ顔を見せていたが、開始早々に立ち去っている、だからと言って逃すほど女王は温くなかった。
今頃は手の者によって王城のどこかに幽閉され尋問を受けていることだろう。老獪な彼でもキツイ仕打ちをされて耐える胆力はないと思われる。
「役者は揃った、兄上……サムの怪我は気になるが」
上空でカラクリ羽を扇ぐレックスは妃殿下たちが逃げた崖下上空へと移動した。突如転移した彼らの様子を見て泡を食ったが無事を見届けると胸を撫でおろした。
兄の負った怪我の様子はレックスの見立てでは致命傷とは思えなかった。魔力酔いを起こして気絶をしていたようだが何かを見抜いた彼は苦笑いする。
「なかなかの演技派だねぇ、水を注すのは野暮ってもんだ。ボクは悪漢らを翻弄することにしよう」
ヒラリと旋回したレックスは痕跡を辿って探索している狸一団に向かって行った。
***
「サム……サム、あぁ私を庇って怪我を負うだなんて」
己が何者かに監視されていた事を勘づいていた彼女は、まさか命を狙われているとは思っておらず、油断していたことを心から悔いた。
ブラウスの袖を千切って止血を施したが素人の手当があっているか不安で堪らない様子だ。
微動だにしない夫の身体を抱きしめて、シャロンはポロポロと涙を零し始めた。
透明なそれがサムハルドの頬へと落ち、流れた雫が服へ染みを作っていく。彼女は何度も名を呼んだが夫は一向に目を覚ましそうもない。
「うぅ……どうしよう追手がやってきたら応戦できるかどうか……」
狩猟会で散々魔法を使っていたシャロンの魔力はほとんど残っていない、気絶せず転移が出来たことは奇跡に近かった。
そうこうしているうちに陽がだいぶ傾いていた、空が茜に染まりだすと彼女の不安な心は益々疲弊していく。
「お願い起きて、私のサム……愛しい人」
物言わぬ夫の頬を撫でた、温もりは感じるが顔色は依然と悪い。良くないことばかりが彼女の心を過って行く。
「好きよサムハルド……いつからかわからないけど。失うのが怖いほど好きよ」
本心を吐露して彼の名を呼び続けるシャロン、冷たい態度を取られて傷ついた日々を過ごしていたが、どこかで期待していた感情があった。それを無理矢理抑え込んで離縁まで覚悟していたのだ。
「私がこの国を去っても貴方には愛してくれる人がいる、きっと幸せになるわ。だからどうか生きて生き抜いてサム」
その言葉を紡いだ時、抱きしめていた夫の身体が強張った。彼女が変化に驚く間もなくサムハルドは起き上がった。
「離縁など絶対嫌だ!絶対だ!愛しているならばずっと傍にいてくれ!私はキミにずっと恋焦がれてやっと妻に娶ったのにあんまりじゃないか!愛しているんだ!大好きだシャロン!」
瀕死と思われていた彼が飛び起きて絶叫したものだから、シャロンは仰天して腰を抜かした。
「あわわ……嘘、サムハルド!?わ、私を愛してるだなんて……怪我で気が触れたのかしら?」
「違う!私は正気だよ、好きなんだよシャロン!姿絵を見せられた時の衝撃ときたら、こんな美しい人がこの世に存在するのかと私は一目で恋に落ちたんだ」
慄く妻の手を握りしめてサムハルドは一世一代の愛の告白をした。
「信じて良いの?サムハルド……私達は両想いなの?」
「そうさ、私も先ほど知ったばかりだが間違いない!私達は愛し合っているんだ!」
ならばどうしてあんな冷たい素振りをしてきたのかと、シャロンは詰問してきた。理由を聞かなければ納得できないと言う。
「そ、それは」
「それは?」
好きだからこそどのように接して良いかわからなくなったのだと彼は告げた。
「好きすぎて、その……顔を直視することが恥ずかしくて、いろいろ済まなかった」
「まぁ……そうでしたの。でしたら愛を綴った手紙を戴きたかったわ」
「ごめん、私は手紙も下手なんだ……」
それからハトコのブリジットが一方的な好意を押し付け続けてきた事も白状する。すべてはシャロンの負担を考慮しての事だったが、逆に疑念を生んでしまっていたのだ。
やっと誤解が解けて互いの瞳を見つめ合った、躊躇いながらも抱きしめあうと痺れるような甘い幸福感が襲う。
やっと通じあえた夫婦は幸せを噛みしめる、何度も「好きだ、愛してる」と言葉を交換した。
そして、再び顔を見合わせるとどちらともなく唇を求め、重なり合った。
シャロンの瞳から先ほど流した嘆きの涙とは違う喜びの雫が流れ落ちる、きっととても甘いに違いない。
何度も重ね合い、深くなっていく口づけに夫婦は蕩けて行った。のだが……無粋な声が台無しにしてきた。
「有り得なーい!巫山戯んな!狐女と離れなさいよ!バッカじゃないの!」
どうやって崖を下りてきたのやら狸嬢ブリジットが二人の前に現れた。
上空から様子を伺っていたレックス王子は遊学先で手に入れた飛行魔道具を駆使して、狼藉者たちの悪行の一部始終を見学していた。
ことの悪事の首謀にして元凶である大叔父ことザクウェルは狩猟会開催時にこそ顔を見せていたが、開始早々に立ち去っている、だからと言って逃すほど女王は温くなかった。
今頃は手の者によって王城のどこかに幽閉され尋問を受けていることだろう。老獪な彼でもキツイ仕打ちをされて耐える胆力はないと思われる。
「役者は揃った、兄上……サムの怪我は気になるが」
上空でカラクリ羽を扇ぐレックスは妃殿下たちが逃げた崖下上空へと移動した。突如転移した彼らの様子を見て泡を食ったが無事を見届けると胸を撫でおろした。
兄の負った怪我の様子はレックスの見立てでは致命傷とは思えなかった。魔力酔いを起こして気絶をしていたようだが何かを見抜いた彼は苦笑いする。
「なかなかの演技派だねぇ、水を注すのは野暮ってもんだ。ボクは悪漢らを翻弄することにしよう」
ヒラリと旋回したレックスは痕跡を辿って探索している狸一団に向かって行った。
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「サム……サム、あぁ私を庇って怪我を負うだなんて」
己が何者かに監視されていた事を勘づいていた彼女は、まさか命を狙われているとは思っておらず、油断していたことを心から悔いた。
ブラウスの袖を千切って止血を施したが素人の手当があっているか不安で堪らない様子だ。
微動だにしない夫の身体を抱きしめて、シャロンはポロポロと涙を零し始めた。
透明なそれがサムハルドの頬へと落ち、流れた雫が服へ染みを作っていく。彼女は何度も名を呼んだが夫は一向に目を覚ましそうもない。
「うぅ……どうしよう追手がやってきたら応戦できるかどうか……」
狩猟会で散々魔法を使っていたシャロンの魔力はほとんど残っていない、気絶せず転移が出来たことは奇跡に近かった。
そうこうしているうちに陽がだいぶ傾いていた、空が茜に染まりだすと彼女の不安な心は益々疲弊していく。
「お願い起きて、私のサム……愛しい人」
物言わぬ夫の頬を撫でた、温もりは感じるが顔色は依然と悪い。良くないことばかりが彼女の心を過って行く。
「好きよサムハルド……いつからかわからないけど。失うのが怖いほど好きよ」
本心を吐露して彼の名を呼び続けるシャロン、冷たい態度を取られて傷ついた日々を過ごしていたが、どこかで期待していた感情があった。それを無理矢理抑え込んで離縁まで覚悟していたのだ。
「私がこの国を去っても貴方には愛してくれる人がいる、きっと幸せになるわ。だからどうか生きて生き抜いてサム」
その言葉を紡いだ時、抱きしめていた夫の身体が強張った。彼女が変化に驚く間もなくサムハルドは起き上がった。
「離縁など絶対嫌だ!絶対だ!愛しているならばずっと傍にいてくれ!私はキミにずっと恋焦がれてやっと妻に娶ったのにあんまりじゃないか!愛しているんだ!大好きだシャロン!」
瀕死と思われていた彼が飛び起きて絶叫したものだから、シャロンは仰天して腰を抜かした。
「あわわ……嘘、サムハルド!?わ、私を愛してるだなんて……怪我で気が触れたのかしら?」
「違う!私は正気だよ、好きなんだよシャロン!姿絵を見せられた時の衝撃ときたら、こんな美しい人がこの世に存在するのかと私は一目で恋に落ちたんだ」
慄く妻の手を握りしめてサムハルドは一世一代の愛の告白をした。
「信じて良いの?サムハルド……私達は両想いなの?」
「そうさ、私も先ほど知ったばかりだが間違いない!私達は愛し合っているんだ!」
ならばどうしてあんな冷たい素振りをしてきたのかと、シャロンは詰問してきた。理由を聞かなければ納得できないと言う。
「そ、それは」
「それは?」
好きだからこそどのように接して良いかわからなくなったのだと彼は告げた。
「好きすぎて、その……顔を直視することが恥ずかしくて、いろいろ済まなかった」
「まぁ……そうでしたの。でしたら愛を綴った手紙を戴きたかったわ」
「ごめん、私は手紙も下手なんだ……」
それからハトコのブリジットが一方的な好意を押し付け続けてきた事も白状する。すべてはシャロンの負担を考慮しての事だったが、逆に疑念を生んでしまっていたのだ。
やっと誤解が解けて互いの瞳を見つめ合った、躊躇いながらも抱きしめあうと痺れるような甘い幸福感が襲う。
やっと通じあえた夫婦は幸せを噛みしめる、何度も「好きだ、愛してる」と言葉を交換した。
そして、再び顔を見合わせるとどちらともなく唇を求め、重なり合った。
シャロンの瞳から先ほど流した嘆きの涙とは違う喜びの雫が流れ落ちる、きっととても甘いに違いない。
何度も重ね合い、深くなっていく口づけに夫婦は蕩けて行った。のだが……無粋な声が台無しにしてきた。
「有り得なーい!巫山戯んな!狐女と離れなさいよ!バッカじゃないの!」
どうやって崖を下りてきたのやら狸嬢ブリジットが二人の前に現れた。
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