上 下
9 / 29

9 食えない男

しおりを挟む
大国ラクシオンに冬の気配が出始めた頃の事。

冷風に煽られ外套の襟を立て王城へ入って行く者がいた、身形から旅人と言った様子だ。
壮麗な城に相応しいとは思えないその人物だが、咎める兵は一人もいない、それどころか直立不動で敬礼までされていた。
「お務めごくろうさん、まぁそんなに固くなるなよ。お土産あげるからさ?」
「は!身に余る光栄にございます」兵たちが一斉に敬礼して応じる。
「アハハ、かたーい」
ヘラヘラしたその者は空間収納からゴロゴロした包みを出して兵達へ渡した。どうやら異国で手に入れたらしいナッツやフルーツのようだ。


怪人物はそのままドカドカと城内奥へと進み。女王の執務室へいきなり侵入して開口一番に適当な挨拶をする。
「ただいま、戻りましたよー」
古びた外套のフードを掃って顔を出したのは淡い金髪を長く伸ばした青年だ。全体に薄汚い印象の彼が女王に直接声を掛けた。そして無遠慮にソファへ腰を掛けて侍女に水を要求する。
女王は少し不機嫌そうな表情を青年に向けてから「相変わらずだこと」と応対して自分もソファの対面へと移動する。

「水ではなくてハーブティを淹れて頂戴、それから軽い食事を」
「畏まりました」
お付きの侍女が速やかに動いてあっという間にテーブルに茶器とサンドウィッチが並んだ。
すると青年は当たり前のようにそれを掴んでムシャムシャとやりだした。
「ますます野蛮な感じになったわね、レックス」
「ん?野蛮とは酷いな母上、数年ぶりの再会なのに辛辣すぎる~」
「お前は緩すぎなのですよ!まったくもう、あの人にそっくりに育ってしまったわ」

王配である亡き夫と第二王子レックスを重ねて女王は溜息を吐いた。見目も性格も生き写しのようなレックスはニコニコ笑う。女王アラベラが溺愛していた夫に瓜二つの王子に強く出られないことを知っているのだ。
「放蕩もいい加減になさいよ、兄の結婚式にも顔をださないなんて」
「旅先で出会った遊牧民たちの生活が気に入っちゃってさぁ、彼らは自由気儘でそれでいて大地の神への信仰が熱いんだ。長を決めるのはなんと格闘なんだ!この国もそうだったら面白いのに」
拳一つで治る者を決めるという風習について興奮気味に話す息子に閉口する母親は気が済むまで語らせることにした。

「母上にお土産があるんだ、野生ヤギの乳で作ったチーズだよ。とても濃厚で味わい深いんだ」
「それはどうも……旅の話は終わったかしら?」
「え、うん?大方ね」
キョトンとした顔で母の顔を見返す王子は呆れられていることに気が付かない。それよりも海の国から嫁いできたという兄嫁のことが気になると言い出した。
「とても素晴らしい女性よ、海の女神のような方だわ」
「へぇ、てっきり海鮮に釣られて嫁に貰ったのかと思ってた」
図星を突かれた女王は一瞬言葉に詰まるが、それだけではないと弁解する。ラクス語が堪能で政務も難なく熟す有能さと氷のようなサムハルドに畏怖せず同等に対応する気概を持っていると褒めた。

「へえ、あのサムに物怖じしないなんて丹力があるなぁ」
まだ見ぬ兄嫁シャロンに興味を持ったレックスは新しい玩具を見つけたかのように楽しそうに笑う。

***

「こんにちは、姉上。ボクはレックス」
先触れなく執務室に訪れた第二王子レックスにシャロンは瞠目する。慌てて席を整えるネアに「水でも出しておけ」と素っ気なく言った。
「え~冬に冷えた水って凍えちゃうよ」
「初めまして、レックス殿下。その軽装ならば寒さ知らずとお見受けしますわ」
無作法な男レックスの姿を見て笑みを返すシャロンである。彼の装いは袖無の毛皮にペラペラのズボン、そして裸足である。どこの野生児かと思う服装なのであった。

「なるほど母上が褒めちぎるわけだ、ボクを知らない女性らは大概は悲鳴を上げるか兵を呼ぶもの」
己を試そうとした彼の意図を見抜いてシャロンは”このクソガキ”と貼り付けた薄ら笑いの奥で呟いた。
「それで何用でしょうか?」
執務の手を止めることなく軽くあしらう彼女は、真面目に向き合う相手ではないと判断する。無下にされたレックスは舌打ちして「遊んでやろうとしたのにつまらない」と口にした。
「どうしてこう貴方々兄弟は神経を逆なでする物言いをするのでしょう。仕事の邪魔です、出て行きなさい」
「な!」

言うが早いか部屋にいたはずのレックスは城の外に追いやれていた。
シャロンの転送魔法によって寒空の下に放り出された彼はさすがに凍えて震え盛大にクシャミをするのだった。
「あははは……おもしろーい、転送魔法が自在なのかな?転移だって……ヴェックション!」
良くてマタギ、または浮浪者のような姿の彼であるが、見知った者が声を掛けて来た。城を訪れたらしい貴族が馬車の中から話しかける。
「レックス様?まぁそのような寒そうな身形で……どうぞ車内へ」
「あぁ、助かったよ。あれ?狸嬢じゃん、お久」
「た、タヌキ!?失礼ねブリジットですわよ!」

車内で暖を取れたレックスは「ふぃ~」とマヌケな声を出して伸びる、相変わらずの自由人ぶりを目の当たりにした彼女は”こんなのを推す派閥ができるなんて”と不思議がる。
「それでいつ帰国されましたの?アラベラ様は怒ったでしょ」
「ついさっき帰ったばかり、母上は……ボクに甘いからな叱責など口先だけさ」
甘いというより期待されていないという事実を自嘲するレックスだ、王の器ではないことを自覚している。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

婚約者は私を愛していると言いますが、別の女のところに足しげく通うので、私は本当の愛を探します

早乙女 純
恋愛
 私の婚約者であるアルベルトは、私に愛しているといつも言いますが、私以外の女の元に足しげく通います。そんな男なんて信用出来るはずもないので婚約を破棄して、私は新しいヒトを探します。

婚約破棄のその先は

フジ
恋愛
好きで好きでたまらなかった人と婚約した。その人と釣り合うために勉強も社交界も頑張った。 でも、それももう限界。その人には私より大切な幼馴染がいるから。 ごめんなさい、一緒に湖にいこうって約束したのに。もうマリー様と3人で過ごすのは辛いの。 ごめんなさい、まだ貴方に借りた本が読めてないの。だってマリー様が好きだから貸してくれたのよね。 私はマリー様の友人以外で貴方に必要とされているのかしら? 貴方と会うときは必ずマリー様ともご一緒。マリー様は好きよ?でも、2人の時間はどこにあるの?それは我が儘って貴方は言うけど… もう疲れたわ。ごめんなさい。 完結しました ありがとうございます! ※番外編を少しずつ書いていきます。その人にまつわるエピソードなので長さが統一されていません。もし、この人の過去が気になる!というのがありましたら、感想にお書きください!なるべくその人の話を中心にかかせていただきます!

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

【完結】高嶺の花がいなくなった日。

恋愛
侯爵令嬢ルノア=ダリッジは誰もが認める高嶺の花。 清く、正しく、美しくーーそんな彼女がある日忽然と姿を消した。 婚約者である王太子、友人の子爵令嬢、教師や使用人たちは彼女の失踪を機に大きく人生が変わることとなった。 ※ざまぁ展開多め、後半に恋愛要素あり。

もうすぐ、お別れの時間です

夕立悠理
恋愛
──期限つきの恋だった。そんなの、わかってた、はずだったのに。  親友の代わりに、王太子の婚約者となった、レオーネ。けれど、親友の病は治り、婚約は解消される。その翌日、なぜか目覚めると、王太子が親友を見初めるパーティーの日まで、時間が巻き戻っていた。けれど、そのパーティーで、親友ではなくレオーネが見初められ──。王太子のことを信じたいけれど、信じられない。そんな想いにゆれるレオーネにずっと幼なじみだと思っていたアルロが告白し──!?

処理中です...