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9 食えない男
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大国ラクシオンに冬の気配が出始めた頃の事。
冷風に煽られ外套の襟を立て王城へ入って行く者がいた、身形から旅人と言った様子だ。
壮麗な城に相応しいとは思えないその人物だが、咎める兵は一人もいない、それどころか直立不動で敬礼までされていた。
「お務めごくろうさん、まぁそんなに固くなるなよ。お土産あげるからさ?」
「は!身に余る光栄にございます」兵たちが一斉に敬礼して応じる。
「アハハ、かたーい」
ヘラヘラしたその者は空間収納からゴロゴロした包みを出して兵達へ渡した。どうやら異国で手に入れたらしいナッツやフルーツのようだ。
怪人物はそのままドカドカと城内奥へと進み。女王の執務室へいきなり侵入して開口一番に適当な挨拶をする。
「ただいま、戻りましたよー」
古びた外套のフードを掃って顔を出したのは淡い金髪を長く伸ばした青年だ。全体に薄汚い印象の彼が女王に直接声を掛けた。そして無遠慮にソファへ腰を掛けて侍女に水を要求する。
女王は少し不機嫌そうな表情を青年に向けてから「相変わらずだこと」と応対して自分もソファの対面へと移動する。
「水ではなくてハーブティを淹れて頂戴、それから軽い食事を」
「畏まりました」
お付きの侍女が速やかに動いてあっという間にテーブルに茶器とサンドウィッチが並んだ。
すると青年は当たり前のようにそれを掴んでムシャムシャとやりだした。
「ますます野蛮な感じになったわね、レックス」
「ん?野蛮とは酷いな母上、数年ぶりの再会なのに辛辣すぎる~」
「お前は緩すぎなのですよ!まったくもう、あの人にそっくりに育ってしまったわ」
王配である亡き夫と第二王子レックスを重ねて女王は溜息を吐いた。見目も性格も生き写しのようなレックスはニコニコ笑う。女王アラベラが溺愛していた夫に瓜二つの王子に強く出られないことを知っているのだ。
「放蕩もいい加減になさいよ、兄の結婚式にも顔をださないなんて」
「旅先で出会った遊牧民たちの生活が気に入っちゃってさぁ、彼らは自由気儘でそれでいて大地の神への信仰が熱いんだ。長を決めるのはなんと格闘なんだ!この国もそうだったら面白いのに」
拳一つで治る者を決めるという風習について興奮気味に話す息子に閉口する母親は気が済むまで語らせることにした。
「母上にお土産があるんだ、野生ヤギの乳で作ったチーズだよ。とても濃厚で味わい深いんだ」
「それはどうも……旅の話は終わったかしら?」
「え、うん?大方ね」
キョトンとした顔で母の顔を見返す王子は呆れられていることに気が付かない。それよりも海の国から嫁いできたという兄嫁のことが気になると言い出した。
「とても素晴らしい女性よ、海の女神のような方だわ」
「へぇ、てっきり海鮮に釣られて嫁に貰ったのかと思ってた」
図星を突かれた女王は一瞬言葉に詰まるが、それだけではないと弁解する。ラクス語が堪能で政務も難なく熟す有能さと氷のようなサムハルドに畏怖せず同等に対応する気概を持っていると褒めた。
「へえ、あのサムに物怖じしないなんて丹力があるなぁ」
まだ見ぬ兄嫁シャロンに興味を持ったレックスは新しい玩具を見つけたかのように楽しそうに笑う。
***
「こんにちは、姉上。ボクはレックス」
先触れなく執務室に訪れた第二王子レックスにシャロンは瞠目する。慌てて席を整えるネアに「水でも出しておけ」と素っ気なく言った。
「え~冬に冷えた水って凍えちゃうよ」
「初めまして、レックス殿下。その軽装ならば寒さ知らずとお見受けしますわ」
無作法な男レックスの姿を見て笑みを返すシャロンである。彼の装いは袖無の毛皮にペラペラのズボン、そして裸足である。どこの野生児かと思う服装なのであった。
「なるほど母上が褒めちぎるわけだ、ボクを知らない女性らは大概は悲鳴を上げるか兵を呼ぶもの」
己を試そうとした彼の意図を見抜いてシャロンは”このクソガキ”と貼り付けた薄ら笑いの奥で呟いた。
「それで何用でしょうか?」
執務の手を止めることなく軽くあしらう彼女は、真面目に向き合う相手ではないと判断する。無下にされたレックスは舌打ちして「遊んでやろうとしたのにつまらない」と口にした。
「どうしてこう貴方々兄弟は神経を逆なでする物言いをするのでしょう。仕事の邪魔です、出て行きなさい」
「な!」
言うが早いか部屋にいたはずのレックスは城の外に追いやれていた。
シャロンの転送魔法によって寒空の下に放り出された彼はさすがに凍えて震え盛大にクシャミをするのだった。
「あははは……おもしろーい、転送魔法が自在なのかな?転移だって……ヴェックション!」
良くてマタギ、または浮浪者のような姿の彼であるが、見知った者が声を掛けて来た。城を訪れたらしい貴族が馬車の中から話しかける。
「レックス様?まぁそのような寒そうな身形で……どうぞ車内へ」
「あぁ、助かったよ。あれ?狸嬢じゃん、お久」
「た、タヌキ!?失礼ねブリジットですわよ!」
車内で暖を取れたレックスは「ふぃ~」とマヌケな声を出して伸びる、相変わらずの自由人ぶりを目の当たりにした彼女は”こんなのを推す派閥ができるなんて”と不思議がる。
「それでいつ帰国されましたの?アラベラ様は怒ったでしょ」
「ついさっき帰ったばかり、母上は……ボクに甘いからな叱責など口先だけさ」
甘いというより期待されていないという事実を自嘲するレックスだ、王の器ではないことを自覚している。
冷風に煽られ外套の襟を立て王城へ入って行く者がいた、身形から旅人と言った様子だ。
壮麗な城に相応しいとは思えないその人物だが、咎める兵は一人もいない、それどころか直立不動で敬礼までされていた。
「お務めごくろうさん、まぁそんなに固くなるなよ。お土産あげるからさ?」
「は!身に余る光栄にございます」兵たちが一斉に敬礼して応じる。
「アハハ、かたーい」
ヘラヘラしたその者は空間収納からゴロゴロした包みを出して兵達へ渡した。どうやら異国で手に入れたらしいナッツやフルーツのようだ。
怪人物はそのままドカドカと城内奥へと進み。女王の執務室へいきなり侵入して開口一番に適当な挨拶をする。
「ただいま、戻りましたよー」
古びた外套のフードを掃って顔を出したのは淡い金髪を長く伸ばした青年だ。全体に薄汚い印象の彼が女王に直接声を掛けた。そして無遠慮にソファへ腰を掛けて侍女に水を要求する。
女王は少し不機嫌そうな表情を青年に向けてから「相変わらずだこと」と応対して自分もソファの対面へと移動する。
「水ではなくてハーブティを淹れて頂戴、それから軽い食事を」
「畏まりました」
お付きの侍女が速やかに動いてあっという間にテーブルに茶器とサンドウィッチが並んだ。
すると青年は当たり前のようにそれを掴んでムシャムシャとやりだした。
「ますます野蛮な感じになったわね、レックス」
「ん?野蛮とは酷いな母上、数年ぶりの再会なのに辛辣すぎる~」
「お前は緩すぎなのですよ!まったくもう、あの人にそっくりに育ってしまったわ」
王配である亡き夫と第二王子レックスを重ねて女王は溜息を吐いた。見目も性格も生き写しのようなレックスはニコニコ笑う。女王アラベラが溺愛していた夫に瓜二つの王子に強く出られないことを知っているのだ。
「放蕩もいい加減になさいよ、兄の結婚式にも顔をださないなんて」
「旅先で出会った遊牧民たちの生活が気に入っちゃってさぁ、彼らは自由気儘でそれでいて大地の神への信仰が熱いんだ。長を決めるのはなんと格闘なんだ!この国もそうだったら面白いのに」
拳一つで治る者を決めるという風習について興奮気味に話す息子に閉口する母親は気が済むまで語らせることにした。
「母上にお土産があるんだ、野生ヤギの乳で作ったチーズだよ。とても濃厚で味わい深いんだ」
「それはどうも……旅の話は終わったかしら?」
「え、うん?大方ね」
キョトンとした顔で母の顔を見返す王子は呆れられていることに気が付かない。それよりも海の国から嫁いできたという兄嫁のことが気になると言い出した。
「とても素晴らしい女性よ、海の女神のような方だわ」
「へぇ、てっきり海鮮に釣られて嫁に貰ったのかと思ってた」
図星を突かれた女王は一瞬言葉に詰まるが、それだけではないと弁解する。ラクス語が堪能で政務も難なく熟す有能さと氷のようなサムハルドに畏怖せず同等に対応する気概を持っていると褒めた。
「へえ、あのサムに物怖じしないなんて丹力があるなぁ」
まだ見ぬ兄嫁シャロンに興味を持ったレックスは新しい玩具を見つけたかのように楽しそうに笑う。
***
「こんにちは、姉上。ボクはレックス」
先触れなく執務室に訪れた第二王子レックスにシャロンは瞠目する。慌てて席を整えるネアに「水でも出しておけ」と素っ気なく言った。
「え~冬に冷えた水って凍えちゃうよ」
「初めまして、レックス殿下。その軽装ならば寒さ知らずとお見受けしますわ」
無作法な男レックスの姿を見て笑みを返すシャロンである。彼の装いは袖無の毛皮にペラペラのズボン、そして裸足である。どこの野生児かと思う服装なのであった。
「なるほど母上が褒めちぎるわけだ、ボクを知らない女性らは大概は悲鳴を上げるか兵を呼ぶもの」
己を試そうとした彼の意図を見抜いてシャロンは”このクソガキ”と貼り付けた薄ら笑いの奥で呟いた。
「それで何用でしょうか?」
執務の手を止めることなく軽くあしらう彼女は、真面目に向き合う相手ではないと判断する。無下にされたレックスは舌打ちして「遊んでやろうとしたのにつまらない」と口にした。
「どうしてこう貴方々兄弟は神経を逆なでする物言いをするのでしょう。仕事の邪魔です、出て行きなさい」
「な!」
言うが早いか部屋にいたはずのレックスは城の外に追いやれていた。
シャロンの転送魔法によって寒空の下に放り出された彼はさすがに凍えて震え盛大にクシャミをするのだった。
「あははは……おもしろーい、転送魔法が自在なのかな?転移だって……ヴェックション!」
良くてマタギ、または浮浪者のような姿の彼であるが、見知った者が声を掛けて来た。城を訪れたらしい貴族が馬車の中から話しかける。
「レックス様?まぁそのような寒そうな身形で……どうぞ車内へ」
「あぁ、助かったよ。あれ?狸嬢じゃん、お久」
「た、タヌキ!?失礼ねブリジットですわよ!」
車内で暖を取れたレックスは「ふぃ~」とマヌケな声を出して伸びる、相変わらずの自由人ぶりを目の当たりにした彼女は”こんなのを推す派閥ができるなんて”と不思議がる。
「それでいつ帰国されましたの?アラベラ様は怒ったでしょ」
「ついさっき帰ったばかり、母上は……ボクに甘いからな叱責など口先だけさ」
甘いというより期待されていないという事実を自嘲するレックスだ、王の器ではないことを自覚している。
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