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初めて顔を合わせたのは婚約式の席だった、夫となるのはラクシオン国の第一王子サムハルドだ。
対面した彼は終始無表情でなにを考えているのかサッパリな人物だ。良く言えばクールな美男子と言えるが冷たい印象を受ける。
東の遠い国へ娶らることになったライトツリー国のシャロン王女は己の未来を楽観はしていないが、それでも友人くらいの情は育みたいと思った。歩み寄る努力をしようと宴会の席で何度も会話を振るのだが、返って来る言葉は少なく「あぁ」「そうか」と相槌くらいで終いには無言でチラリと視線を向けるだけだった。

それなりに愛想よく振る舞ったのだが、手応えがまったくない事をシャロンは酷く落ち込んだ。
「返事すらしてもらえなくなっちゃった……ラクスの言語は得意なのだけど発音が悪かったのかしら?」
「そんなこと!王女様の言葉は丁寧で綺麗ですわ、私の祖母はラクシオン出身ですけど遜色ありません」
気を使った侍女がそう慰めたが、シャロンの顔色は悪いままだ。

遥々ラクシオンからやってきた異国の王子達をライトツリー側は大変歓迎した。花嫁を連れ帰るまでの3日間、大宴会は続けられ城中に酒気が充満して警邏する兵までも酔いそうになるほどだった。
大規模な祝宴が催されたのは、王と王妃が挙式に参加できない謝罪が含まれている。遠い異国での挙式に参加するには日数がかかり過ぎる、王族が長期に渡り国を空ける事にはいかないのだ。

「いや、めでたい。のうシャロンや、大国ラクシオンはとても豊かな国ぞ。絶対幸せになれるからな!挙式に参加できないのは悔やまれるがこの地で其方の幸せを祈っておるぞ」
「は、はい……お父様」
大喜びの父王の顔を見た王女は不安を見せまいと必死に取り繕うが、心の奥は悲鳴を上げていた。
ずっとこのまま生国に留まりたいと何度口に出しそうになったことだろう。

***

宴会から五日後、ラクシオンへ旅発つ為に両国の馬車が王都街道に並ぶ。
どちらの隊列も豪華絢爛であるが、シャロン王女の輿入れの品を積んだ馬車と挙式に参加するための大臣らが乗る馬車が加わると壮観であった。ただラクシオンまで同行するとはいっても嫁ぐシャロンは同国の者と同じ馬車とはいかない。
寡黙で無愛想なサムハルドと同じ馬車に乗車しなければならなかった。”姫はすでに異国へ嫁いだ”という意思表示の意味があるらしい。

王女シャロンは長い道中を耐え忍ぶことに腹を括った、どうせ沈黙という苦痛から逃げられないのなら相手を物言わぬ岩とでも思えば良いと思ったのだ。
「相手が無視するのなら、こちらも見えぬふりをすれば楽だものね」
「大丈夫です!侍女の私が一緒ですよ、お話していれば長旅など一瞬ですよ!」
「ありがとうネア、貴女だけが救いだわ」
こうしてシャロンは異国の王子妃になるための一歩を踏み出すのだった。

案の定、国々を結ぶ街道を行く途中で立ち寄った一つ目の街まで、サムハルドが口を開くことは一度もなかった。
黙って目を瞑り微動だにしないその姿は「岩」そのものだった。
何が楽しくて生きているのだろうとシャロンと侍女は頭を傾いだ。時折寝ている様子も覗えたが寝息すら静かすぎて「死んでいるのでは」と心配するほどであった。

侍女が同乗していなかったら、シャロンの精神は崩壊していたかもしれない。

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