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行き先不明の荷物
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とある日の午後、前触れなくアシュバール子爵邸に荷が届いた。
ロザーナは身に覚えがないので引っ越し業者に受け取り拒否をするように執事に指示した。
「ここはクインジベリー通りXXー1ですよね?」
「ええ、確かに住所はここです、でも荷受けする覚えもないし、発送者の名前も知らないと主が言っています。まるきりの赤の他人を屋敷に住まわせる理由もないですからね」
「はぁ、なるほど……」
業者は困惑したが、屋敷の持ち主が拒否したとあれば荷を戻すしかないと判断して帰って行く。
「ロザーナ様、御指示通りに追い返しました」
「ありがとう、ご苦労様。それにしても一体何なのかしら?」
悪戯にしては手が込んでいたので、ロザーナは首を傾ぐ。
そして、荷を戻された側も訳が分からないと困惑し怒り狂った。引っ越しを依頼したのはハナだったのである。
「きぃ~!どうしてよ!気を利かせて豪邸に住んでやろうとしたのに」
煮え切らない態度のクリスに対して同棲を強行し、なし崩しに結婚をしようと企んでいた彼女は地団駄を踏む。荷が戻されたということは彼が拒否をしたということだと思った彼女は怒りの金切声を上げた。
癇癪が収まらない彼女だったが、壁薄い隣室から「うるせぇ!」と怒鳴り声と壁を叩く音の抗議にハナはビクリと身体を揺らした。アパートメントの隣の住人がガラの悪そうな男だったことを失念していたのだ。
「はぁ……クリス、次に会ったら絶対許さないからね!」
無能で貧乏なクリスの事を優良物件だと信じ込んでいるハナは、何が何でも結婚してやると鼻息を荒くする。
***
平民の娘のハナは下町の倶楽部で働くホステスだ、クリスと知り合ったのもその店でのことだ。
半年前、ふらりと現れたクリスは身形の良い青年で、容姿も整っていたこともあり、どこかの貴族子息が気まぐれに遊びに来たのだとハナは思った。貴族出というのは間違いではなかったが、男爵家の五男の彼には継ぐ爵位はない。
そんな事情を知るわけがないハナはさっそく粉をかける、彼の指名を独占すれば良い稼ぎになるだろうと踏んだのだ。場慣れしていないらしいクリスは少しオドオドしていて、ホステスの言いなりのまま高い酒とツマミを注文した。
「はは、どうにも慣れてなくて……兄上に紳士倶楽部なら幾度か連れて行って貰ったのだけど」
「あらそうなのぉ、ゆっくりして行ってくれると嬉しいわ。フルーツ盛りを頼んでも良い?」
「ああ、うん。どうぞ」
初な客と小悪魔なホステスの出会いは、やがて恋人とへと関係が発展した。
親兄弟と小さな部屋を借りて暮らしていたハナは夢を描いた、窮屈で貧乏な暮らしから飛び出し、貴族子息の嫁になって贅沢に暮らしたいと……。
下位貴族ならば平民娘が嫁いでもそう不思議はないだろうと勝手に思い込んだのだ。
一方でクリスは恋人ロザーナの子爵家に婿養子が決まってはいたが、家督を継ぐのは嫡子のロザーナだ。中規模だがいくつかのレストランとカフェを経営しているアシュバール子爵は、下位貴族にしては裕福と言えた。下手な伯爵よりかは財産を有している。
ある程度の生活保障は確約された縁ではあったが、クリスは男としての矜持が潰されたようで不満を募らせる。身の丈通りに生きることは存外辛いらしい。
その不満はやがて浮気と言う形で彼は晴らすことにした。
浅慮なクリスはバレやしないと高を括ったのだが、とんだ勘違いであった。彼は文字書きは困らない程度身に着けてはいたが、経営に口を挟むほどの能力はない。だから前述のような仕入れの失敗をしてロザーナの逆鱗に触れたのだ。
その果て、職と貴族子女の夫の座を失ったのだ。
懲りない彼は常連客のご婦人方と浮名を流し続け、やがて小悪魔なハナに陥落したクリスは破滅の茨道を行くことになる。
ロザーナは身に覚えがないので引っ越し業者に受け取り拒否をするように執事に指示した。
「ここはクインジベリー通りXXー1ですよね?」
「ええ、確かに住所はここです、でも荷受けする覚えもないし、発送者の名前も知らないと主が言っています。まるきりの赤の他人を屋敷に住まわせる理由もないですからね」
「はぁ、なるほど……」
業者は困惑したが、屋敷の持ち主が拒否したとあれば荷を戻すしかないと判断して帰って行く。
「ロザーナ様、御指示通りに追い返しました」
「ありがとう、ご苦労様。それにしても一体何なのかしら?」
悪戯にしては手が込んでいたので、ロザーナは首を傾ぐ。
そして、荷を戻された側も訳が分からないと困惑し怒り狂った。引っ越しを依頼したのはハナだったのである。
「きぃ~!どうしてよ!気を利かせて豪邸に住んでやろうとしたのに」
煮え切らない態度のクリスに対して同棲を強行し、なし崩しに結婚をしようと企んでいた彼女は地団駄を踏む。荷が戻されたということは彼が拒否をしたということだと思った彼女は怒りの金切声を上げた。
癇癪が収まらない彼女だったが、壁薄い隣室から「うるせぇ!」と怒鳴り声と壁を叩く音の抗議にハナはビクリと身体を揺らした。アパートメントの隣の住人がガラの悪そうな男だったことを失念していたのだ。
「はぁ……クリス、次に会ったら絶対許さないからね!」
無能で貧乏なクリスの事を優良物件だと信じ込んでいるハナは、何が何でも結婚してやると鼻息を荒くする。
***
平民の娘のハナは下町の倶楽部で働くホステスだ、クリスと知り合ったのもその店でのことだ。
半年前、ふらりと現れたクリスは身形の良い青年で、容姿も整っていたこともあり、どこかの貴族子息が気まぐれに遊びに来たのだとハナは思った。貴族出というのは間違いではなかったが、男爵家の五男の彼には継ぐ爵位はない。
そんな事情を知るわけがないハナはさっそく粉をかける、彼の指名を独占すれば良い稼ぎになるだろうと踏んだのだ。場慣れしていないらしいクリスは少しオドオドしていて、ホステスの言いなりのまま高い酒とツマミを注文した。
「はは、どうにも慣れてなくて……兄上に紳士倶楽部なら幾度か連れて行って貰ったのだけど」
「あらそうなのぉ、ゆっくりして行ってくれると嬉しいわ。フルーツ盛りを頼んでも良い?」
「ああ、うん。どうぞ」
初な客と小悪魔なホステスの出会いは、やがて恋人とへと関係が発展した。
親兄弟と小さな部屋を借りて暮らしていたハナは夢を描いた、窮屈で貧乏な暮らしから飛び出し、貴族子息の嫁になって贅沢に暮らしたいと……。
下位貴族ならば平民娘が嫁いでもそう不思議はないだろうと勝手に思い込んだのだ。
一方でクリスは恋人ロザーナの子爵家に婿養子が決まってはいたが、家督を継ぐのは嫡子のロザーナだ。中規模だがいくつかのレストランとカフェを経営しているアシュバール子爵は、下位貴族にしては裕福と言えた。下手な伯爵よりかは財産を有している。
ある程度の生活保障は確約された縁ではあったが、クリスは男としての矜持が潰されたようで不満を募らせる。身の丈通りに生きることは存外辛いらしい。
その不満はやがて浮気と言う形で彼は晴らすことにした。
浅慮なクリスはバレやしないと高を括ったのだが、とんだ勘違いであった。彼は文字書きは困らない程度身に着けてはいたが、経営に口を挟むほどの能力はない。だから前述のような仕入れの失敗をしてロザーナの逆鱗に触れたのだ。
その果て、職と貴族子女の夫の座を失ったのだ。
懲りない彼は常連客のご婦人方と浮名を流し続け、やがて小悪魔なハナに陥落したクリスは破滅の茨道を行くことになる。
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