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少し寂れたカフェで、秘密の取引がされていた。
やや治安が悪いその一角は、人目もあまりないので後ろ暗い者には都合が良い。

「じゃあ、これをお願いね。もちろん礼金は出すわ」
「うん、わかった。これも半年後に返すことで良いのかい?」

「えぇ、そうよ。ありがとう助かるわ」
金貨が入った革袋をそっと手慣れた様子で少年の懐へ入れた、すでに5回目のことだった。
預かるものはいつも似たような箱だ、嵩張るものではないのでヘイデンは気軽に預かっている。
友人の頼みとはいえ全く警戒しないのはどうかと思われる。

それに対価に受け取る金貨に目がくらんだのは言うまでもない。
彼が以前から目をつけていた、豪華な装丁の図鑑が手に入るほど貯まったと喜んでいた。

親友と信じきっている幼馴染アラベラに、微塵にも疑いなどかけていない。
むしろ、役に立てて小遣いが稼げることに気を良くしていた。


「それじゃ、また来週」と約束を交わして上機嫌で別れた。

ヘイデンは伯爵家の馬車へ乗り込むと、いつものように侍従達に駄賃を掴ませ本屋へ向かわせた。
逸りながらいそいそと目当ての物へと歩く、美しい装丁本は鍵付きのガラスケースの中でキラキラと輝いて見えた。
あまりに高価な品なため、他の本とは扱いが違った。


「主人、この本が欲しい。ケースから出してくれ」
棚の埃を掃っていた本屋の店主が思わぬ上客が現れて大層驚いた。
仕入れて数年、まったく買い手がつかなくていつ値段を下げようか悩んでいたところだった。

「はい、ありがとうございます。保護カバーをお付けしても?」
「あぁ頼むよ、丁寧にな」

店主は深々と頭を下げて鍵を開けると白い手袋をつけて本を取り出した。
まるで宝飾品扱いだった。実際表紙には小さな宝石がいくつも散りばめられており、金で縁どられていた。

ヘイデンがずっしり金貨が詰まった袋をカウンターに置くと、店主は店員を呼びつけ勘定に必死になる。
金貨の山を仕分けるのに5分はかかった、それほどに高価なのだ。

「確かに金額通り頂きました、御礼に当店特製のしおりをおつけいたします。虫除けの効果つきですので是非」
「うん、有難く使わせて貰うよ」


良い買い物が出来たとホクホク顔のヘイデン。
家まで待てなくて馬車の中で本を開いた、呆れる侍従達が顔を見合わせる。

「坊ちゃん、その本は些か目を引き過ぎます、旦那様に見つかるのでは?」
「え、うん……、そうだなぁやっと手に入れたのにそれは困る」

しばし、考え込み唸るが良い考えは浮かばない。
そしてふと自分の横に置いていた箱に気が付く、ヘイデンは破顔して「これだ」と呟いた。

アラベラから預かった箱を撫でながら彼は言う。
「秘密にしたいものは、秘密に隠すのが一番だよな」


***

モスリバー伯爵の土下座劇から、およそ一月後のこと。
アラベラという娘の身辺調査が終了し、報告書が届けられた。

令嬢の生家は新興貴族の準男爵ポロツークと判明、最近頭角を現してきた町商人。
手広く貿易をしていて、近頃では大きな船を買い付けたという。

「新興貴族か、通りで知らぬわけだ。親は商才があるということだろうが、こうも急成長するものか?」
報告書に粗方目を通した公爵は、目が疲れたと目元を解しながら言った。



モスリバー伯爵の報告書と照らし合わせる作業もあり、余計に神経を尖らせたせいで疲弊していた。
寸分違わずとはいかないが、公爵の調書と大きな差異は見当たらなかった。

「……ふーむ、ディールお前の目にはどう映った?」
執務室で仕事の補助をしていた長男に声をかけた。

「では拝見させていただきます」
「うむ」


父親の顔に試すような色を見て、やや緊張しながらふたつの調書を照らし合わせて読み続ける。
役10分後、ディールは同じように目をショボショボさせると口を開く。


「父上、いくつかの箇所に疑問があります。一見大きな問題には思えませんがこの項目が気になりました」
「うむ、同意見だな。ここと、この取引先について詳しく調べるよう密偵に伝えろ」

「はい、早急に」


公爵は長男のキビキビした対応に満足そうに頷くと、本来の仕事に取り掛かる。



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