上 下
2 / 9

しおりを挟む
二人が出会ったのは互いに8歳になった頃だった。
植物図鑑ばかりを眺める内向的なヘイデンは、いつも茶会の席でも隅っこに隠れていた。

それを偶然見つけたクリスティアナが、珍しいカラーの植物図鑑に興味を示し言葉をかけたのが始まりだ。

「とっても綺麗な本ね!まぁこの花はパンジーと言うのね!お庭で見たことがあるわ」
「……う、うん。色のない図鑑ではわかりずらい……でしょ」

「ほんとよね!ねぇ少し見てても良いかしら?」
「うん、いいよ。隣へ座って」
「ありがとう、わー凄い!なんて綺麗なのかしら膝の上に花畑ができたみたい!」

「ハハハッ膝が花畑……キミは面白い言い方をするね」
「え、そうかしら?あ!いけない私ったらはしたない事を自己紹介がまだでした、クリスティアナ・グリストですわ」
「ぼ、ぼくはヘイデン。ヘイデン・モスリバー……よろしく」


同世代で趣味が合うこともあって、茶会で会えば必ず図鑑の話で盛り上がり、交流が深まっていった。
それから年を重ね次第に意識するようになり、12歳の頃には恋人になった。

「このフワフワした綿帽子はキミの髪色と同じだね」
「あらそう?私ってこんなにフワフワなの」

「そうだよ、緩い癖毛がキラキラと陽に透けてとても綺麗だよ」
「ふふ、ありがとう」

当然のように婚約を結ぶことになり公爵家の次女であるクリスティアナ側は、伯爵家嫡男に見初められ嫁ぎ先にあぶれず済んだと安堵し、ヘイデンの両親は格上の貴族と縁を結べたと心から喜んだ。

両家共に利のある婚約になった。


***

順調に思えた両家だったが、デビュタントを目前にした15歳から小さなすれ違いが増えてきた。
いつものように茶会で、ヘイデンの姿を見つけたクリスティアナが声をかけるとどこか素っ気ないヘイデンに顔色を悪くする。


「なにか気に障ることをしたかしら?誕生日に贈ったカフスがいけない?それともカードのおめでとうが抜けていたのかしら……」

涙目になるクリスティアナにヘイデンが慌ててハンカチを出した。
「違うんだ!そういうことじゃないよ」
「そ、そう。それなら良いのだけど……」

クリスティアナが贈った、彼女の瞳色のトパーズが気に入らないのかと目を伏せた。
チラリとヘイデンの袖を盗み見たクリスティアナはそこに赤色の石が光っていた事にショックを受ける。


「そのカフスは……」
「ああ?これかい友人のアラベラがくれたんだ、珍しい薔薇が手に入ってプレゼントしたお返しなんだ」
「……私には薔薇はくれないの?」

「え?ティアにはランタナの花束を贈ったばかりだろ?」
「たしかに貰ったけど……それは」

「ね!綺麗だったでしょ!?アラベラがオススメだって言ってたんだ!」
「――!?あなた意味がわかってて贈ったの?」

「なんの話―?」

理解していない彼を、問いただそうとクリスティアナが詰め寄った時だった。
黒髪の派手な少女がヘイデンの方へ駆け寄って来た。瞳の色は燃えるような赤だ。


気兼ねない茶会といえ走るなどはしたない作法だと、周囲の夫人方が囁きあっている。
飛びつくようにヘイデンの腕を抱きしめて胸元をグリグリ押し付けている。
ヘイデンは嫌がる所か、さも当たり前のように笑って迎えていた。

婚約者に無遠慮に擦り寄る少女の瞳を見て、クリスティアナは胸がキュッと痛くなる。


「やっとみつけたわヘイデン!良い報せを持って来たの!きっと喜ぶと思って」
「良い報せ?まさか!新しい図鑑かい!!!」

「ふふ、そうよ。大海向こうの東大陸の植物図鑑よ、滅多に流通しないから貴重なんだから!感謝してよね」
「なんだって!?すぐ見たいよ」

「うふ、そう思ってた。じゃぁ茶会をお暇して我が家に行きましょうよ!」
「え、でも……困ったな」

ヘイデンはチラチラと婚約者の方を気にする素振りをしたが、黒髪の少女はグイグイと引っ張って離さない。

「はやくぅー!あんな貴重な本はいくらでも買い手がいるんですからね!お父様が値を吊り上げちゃうかもよ?」
「え、それは困るよボクの小遣いは限度が!……ごめんティア!次の機会に話そう!」

「え、ええ。残念だわ、デビュタントの打ち合わせしたいから連絡ちょうだい?」
「うん、わかった!メッセージカードを送るよ、じゃーね!」

バタバタと、慌ただしく退場して行く彼らの背中を見つめる、クリスティアナの顔は真っ青だった。
「あれがきっとアラベラね……だってカフスと同じ瞳をしていたもの」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友達の肩書き

菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。 私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。 どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。 「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」 近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

もううんざりですので、実家に帰らせていただきます

ルイス
恋愛
「あなたの浮気には耐えられなくなりましたので、婚約中の身ですが実家の屋敷に帰らせていただきます」 伯爵令嬢のシルファ・ウォークライは耐えられなくなって、リーガス・ドルアット侯爵令息の元から姿を消した。リーガスは反省し二度と浮気をしないとばかりに彼女を追いかけて行くが……。

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい

今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。 父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。 そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。 しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。 ”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな” 失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。 実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。 オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。 その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。

処理中です...