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番外編

地下牢獄の獣

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人は陽の光を浴びないと病むという。

栄養欠乏に陥り身体に影響する事はもちろんだが、精神面が脆くなるのは先にやってくる。
地下にはとうぜん窓はなく、ランプも灯されていない。地下は空気が薄いので看守と囚われの者が酸欠しない配慮と罰を兼ねている。

闇に眼が慣れたところで一筋の光すらないそこは真の闇といえた。罪人に落ちたクラレンスは絶望の中で何を思うのか、いつまで正気でいられるか見ものである。
彼が光らしいものを目にするのは見廻りにくる看守が持つランプの灯りだけ。後は一日2回の粗末な食事が届けられるほんの数分のみだ。

冷たい石畳に横になる自由がある以外、彼にはなにもない。
惰眠を貪るにしても睡眠はある程度とってしまえば目は冴えてくる。必然と闇を見るだけの世界でクラレンスは孤独と向き合う羽目になる。

そして、人間はなにかしら行動せずにおれない生き物だ。
長閑を持て余す者は刺激を求めるも会話する相手がいない、ネズミや虫が這っているのならそれを標的に出来たろうが、存在したとて知る術もない。
クラレンスにも魔力はあったが、それを使う術を知らないのだからどうしようもない。もっとも罪人は魔法を封じらえている。

入獄した当初は何かと抗い、無駄に叫んで恫喝していたが、その声を拾う者がそこにいないのだから意味はなかった。せめて、「うるさい」と文句を言う同胞でもいれば救われたかもしれない。
だが残念なことに地下牢獄に住まうのは彼一人だった。余程の理由がなければ地下牢などには連行されないのだ。
情け容赦がないその仕打ちは、愛するプリシラを危うく穢されそうになったマクシミリアン殿下の逆鱗に触れたせいだ。

一日3回ほどやって来る見廻り看守の足音が上から響いてきた。
今の彼にはそれすらも有りがたい刺激となっていた、石床を這い蹲って鉄格子がある方へ彼は身を寄せる。
ランタンの光がわずか数秒ほど廊下を横切るのを見るためだ、そんな些細な出来事がいまのクラレンスには大イベントの如く目に映るのである。

だが、その日のランタンの光は一つだけではなく、足音も一つではないと彼は気が付いた。
いつもなら看守は声を掛けることなく去って行くのだが、三つほどの眩い光が牢屋の前で止まったのだ。
クラレンスは狼狽するもその明るい刺激に心が躍った、誰かと会話する機会なのではとそれに縋ったのである。

一つの光が彼の真ん前に向けられ余の眩しさに目を閉じる、するとどこかで聞いた声が耳に届く。
「まだ生きながらえていたのか、しぶといじゃないか。なぁクラレンス、もうすぐ私達は結婚式をあげることになったよ。もしそれまで生きていたら恩赦でもあげようか?エイデール卿が同意したらの話だがね、彼は私より立腹していたからな、難しいかもしれないね」
「う、あ!……あぅ!」

クラレンスは相手が誰か覚り怒りで頭が爆発しそうになり、怒りの罵声を打つけようと口をひらくも肝心の声が発せなかった。長らく誰とも対話していなかった彼の喉は思った以上に弱っていたのだ。
「があ!うがああ!」
「おやおや、言葉を失って獣にでもなったのかね?まぁ地上にいた頃も盛りの付いた獣のようだったのだからさして変化はあるまいよ、存外地下生活は馴染んだと見える」
「うがああああ!」

投獄されていようとクラレンスが全く反省していないと判断したマクシミリアンは恩赦をかける慈悲が霧散する。ちらりとでも後悔の顔を見せたのなら少しはマシな牢獄に移送しようかと考えていたのだ。
「残念だよクラレンス君、キミは好きなだけここにいたまえ。何、心配は要らないさ死なない程度の保証だけはしてあげるよ。食事には栄養剤がたっぷり含まれているからね、それからたまに会いに来てあげるよ。だって死なれたらつまらないじゃないか、人は誰かと言葉を交わさないと壊れちゃうらしいよ?」
「ぎ、ざば!ゆづだだひ!があああ!」

醜く吠えるだけ咆え泣き叫ぶ獣をたっぷり見物したマクシミリアンは、満足したのかそこから去る。
「面白いものが見れた、そうだ次回はエイデール卿も誘ってみようか」
優男そうな相貌とは裏腹に心の方は冷徹な王子はクツクツ笑った。プリシラの件さえなければ彼の中に眠っていた冷酷な心は顔を出すことはなかったに違いない。


一方で地下深くに再び孤独となったクラレンスは血が滲むほど己の腕に噛みついて憎悪の念を膨らませていた。
”アイツさえいなければ俺は騎士爵を得て、プリシラをこの腕に抱いていたはずなのに!”
その叶わない願望を燻ぶらせて彼はいつまでも生きるのだろうか。


その後、地下牢深くから怨嗟の念を込めた恨みの遠吠えが時々聞こえてくると牢番たちが噂する。
その醜い声は十数年も続いたという。




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