21 / 23
番外編
地下牢獄の獣
しおりを挟む
人は陽の光を浴びないと病むという。
栄養欠乏に陥り身体に影響する事はもちろんだが、精神面が脆くなるのは先にやってくる。
地下にはとうぜん窓はなく、ランプも灯されていない。地下は空気が薄いので看守と囚われの者が酸欠しない配慮と罰を兼ねている。
闇に眼が慣れたところで一筋の光すらないそこは真の闇といえた。罪人に落ちたクラレンスは絶望の中で何を思うのか、いつまで正気でいられるか見ものである。
彼が光らしいものを目にするのは見廻りにくる看守が持つランプの灯りだけ。後は一日2回の粗末な食事が届けられるほんの数分のみだ。
冷たい石畳に横になる自由がある以外、彼にはなにもない。
惰眠を貪るにしても睡眠はある程度とってしまえば目は冴えてくる。必然と闇を見るだけの世界でクラレンスは孤独と向き合う羽目になる。
そして、人間はなにかしら行動せずにおれない生き物だ。
長閑を持て余す者は刺激を求めるも会話する相手がいない、ネズミや虫が這っているのならそれを標的に出来たろうが、存在したとて知る術もない。
クラレンスにも魔力はあったが、それを使う術を知らないのだからどうしようもない。もっとも罪人は魔法を封じらえている。
入獄した当初は何かと抗い、無駄に叫んで恫喝していたが、その声を拾う者がそこにいないのだから意味はなかった。せめて、「うるさい」と文句を言う同胞でもいれば救われたかもしれない。
だが残念なことに地下牢獄に住まうのは彼一人だった。余程の理由がなければ地下牢などには連行されないのだ。
情け容赦がないその仕打ちは、愛するプリシラを危うく穢されそうになったマクシミリアン殿下の逆鱗に触れたせいだ。
一日3回ほどやって来る見廻り看守の足音が上から響いてきた。
今の彼にはそれすらも有りがたい刺激となっていた、石床を這い蹲って鉄格子がある方へ彼は身を寄せる。
ランタンの光がわずか数秒ほど廊下を横切るのを見るためだ、そんな些細な出来事がいまのクラレンスには大イベントの如く目に映るのである。
だが、その日のランタンの光は一つだけではなく、足音も一つではないと彼は気が付いた。
いつもなら看守は声を掛けることなく去って行くのだが、三つほどの眩い光が牢屋の前で止まったのだ。
クラレンスは狼狽するもその明るい刺激に心が躍った、誰かと会話する機会なのではとそれに縋ったのである。
一つの光が彼の真ん前に向けられ余の眩しさに目を閉じる、するとどこかで聞いた声が耳に届く。
「まだ生きながらえていたのか、しぶといじゃないか。なぁクラレンス、もうすぐ私達は結婚式をあげることになったよ。もしそれまで生きていたら恩赦でもあげようか?エイデール卿が同意したらの話だがね、彼は私より立腹していたからな、難しいかもしれないね」
「う、あ!……あぅ!」
クラレンスは相手が誰か覚り怒りで頭が爆発しそうになり、怒りの罵声を打つけようと口をひらくも肝心の声が発せなかった。長らく誰とも対話していなかった彼の喉は思った以上に弱っていたのだ。
「があ!うがああ!」
「おやおや、言葉を失って獣にでもなったのかね?まぁ地上にいた頃も盛りの付いた獣のようだったのだからさして変化はあるまいよ、存外地下生活は馴染んだと見える」
「うがああああ!」
投獄されていようとクラレンスが全く反省していないと判断したマクシミリアンは恩赦をかける慈悲が霧散する。ちらりとでも後悔の顔を見せたのなら少しはマシな牢獄に移送しようかと考えていたのだ。
「残念だよクラレンス君、キミは好きなだけここにいたまえ。何、心配は要らないさ死なない程度の保証だけはしてあげるよ。食事には栄養剤がたっぷり含まれているからね、それからたまに会いに来てあげるよ。だって死なれたらつまらないじゃないか、人は誰かと言葉を交わさないと壊れちゃうらしいよ?」
「ぎ、ざば!ゆづだだひ!があああ!」
醜く吠えるだけ咆え泣き叫ぶ獣をたっぷり見物したマクシミリアンは、満足したのかそこから去る。
「面白いものが見れた、そうだ次回はエイデール卿も誘ってみようか」
優男そうな相貌とは裏腹に心の方は冷徹な王子はクツクツ笑った。プリシラの件さえなければ彼の中に眠っていた冷酷な心は顔を出すことはなかったに違いない。
一方で地下深くに再び孤独となったクラレンスは血が滲むほど己の腕に噛みついて憎悪の念を膨らませていた。
”アイツさえいなければ俺は騎士爵を得て、プリシラをこの腕に抱いていたはずなのに!”
その叶わない願望を燻ぶらせて彼はいつまでも生きるのだろうか。
その後、地下牢深くから怨嗟の念を込めた恨みの遠吠えが時々聞こえてくると牢番たちが噂する。
その醜い声は十数年も続いたという。
栄養欠乏に陥り身体に影響する事はもちろんだが、精神面が脆くなるのは先にやってくる。
地下にはとうぜん窓はなく、ランプも灯されていない。地下は空気が薄いので看守と囚われの者が酸欠しない配慮と罰を兼ねている。
闇に眼が慣れたところで一筋の光すらないそこは真の闇といえた。罪人に落ちたクラレンスは絶望の中で何を思うのか、いつまで正気でいられるか見ものである。
彼が光らしいものを目にするのは見廻りにくる看守が持つランプの灯りだけ。後は一日2回の粗末な食事が届けられるほんの数分のみだ。
冷たい石畳に横になる自由がある以外、彼にはなにもない。
惰眠を貪るにしても睡眠はある程度とってしまえば目は冴えてくる。必然と闇を見るだけの世界でクラレンスは孤独と向き合う羽目になる。
そして、人間はなにかしら行動せずにおれない生き物だ。
長閑を持て余す者は刺激を求めるも会話する相手がいない、ネズミや虫が這っているのならそれを標的に出来たろうが、存在したとて知る術もない。
クラレンスにも魔力はあったが、それを使う術を知らないのだからどうしようもない。もっとも罪人は魔法を封じらえている。
入獄した当初は何かと抗い、無駄に叫んで恫喝していたが、その声を拾う者がそこにいないのだから意味はなかった。せめて、「うるさい」と文句を言う同胞でもいれば救われたかもしれない。
だが残念なことに地下牢獄に住まうのは彼一人だった。余程の理由がなければ地下牢などには連行されないのだ。
情け容赦がないその仕打ちは、愛するプリシラを危うく穢されそうになったマクシミリアン殿下の逆鱗に触れたせいだ。
一日3回ほどやって来る見廻り看守の足音が上から響いてきた。
今の彼にはそれすらも有りがたい刺激となっていた、石床を這い蹲って鉄格子がある方へ彼は身を寄せる。
ランタンの光がわずか数秒ほど廊下を横切るのを見るためだ、そんな些細な出来事がいまのクラレンスには大イベントの如く目に映るのである。
だが、その日のランタンの光は一つだけではなく、足音も一つではないと彼は気が付いた。
いつもなら看守は声を掛けることなく去って行くのだが、三つほどの眩い光が牢屋の前で止まったのだ。
クラレンスは狼狽するもその明るい刺激に心が躍った、誰かと会話する機会なのではとそれに縋ったのである。
一つの光が彼の真ん前に向けられ余の眩しさに目を閉じる、するとどこかで聞いた声が耳に届く。
「まだ生きながらえていたのか、しぶといじゃないか。なぁクラレンス、もうすぐ私達は結婚式をあげることになったよ。もしそれまで生きていたら恩赦でもあげようか?エイデール卿が同意したらの話だがね、彼は私より立腹していたからな、難しいかもしれないね」
「う、あ!……あぅ!」
クラレンスは相手が誰か覚り怒りで頭が爆発しそうになり、怒りの罵声を打つけようと口をひらくも肝心の声が発せなかった。長らく誰とも対話していなかった彼の喉は思った以上に弱っていたのだ。
「があ!うがああ!」
「おやおや、言葉を失って獣にでもなったのかね?まぁ地上にいた頃も盛りの付いた獣のようだったのだからさして変化はあるまいよ、存外地下生活は馴染んだと見える」
「うがああああ!」
投獄されていようとクラレンスが全く反省していないと判断したマクシミリアンは恩赦をかける慈悲が霧散する。ちらりとでも後悔の顔を見せたのなら少しはマシな牢獄に移送しようかと考えていたのだ。
「残念だよクラレンス君、キミは好きなだけここにいたまえ。何、心配は要らないさ死なない程度の保証だけはしてあげるよ。食事には栄養剤がたっぷり含まれているからね、それからたまに会いに来てあげるよ。だって死なれたらつまらないじゃないか、人は誰かと言葉を交わさないと壊れちゃうらしいよ?」
「ぎ、ざば!ゆづだだひ!があああ!」
醜く吠えるだけ咆え泣き叫ぶ獣をたっぷり見物したマクシミリアンは、満足したのかそこから去る。
「面白いものが見れた、そうだ次回はエイデール卿も誘ってみようか」
優男そうな相貌とは裏腹に心の方は冷徹な王子はクツクツ笑った。プリシラの件さえなければ彼の中に眠っていた冷酷な心は顔を出すことはなかったに違いない。
一方で地下深くに再び孤独となったクラレンスは血が滲むほど己の腕に噛みついて憎悪の念を膨らませていた。
”アイツさえいなければ俺は騎士爵を得て、プリシラをこの腕に抱いていたはずなのに!”
その叶わない願望を燻ぶらせて彼はいつまでも生きるのだろうか。
その後、地下牢深くから怨嗟の念を込めた恨みの遠吠えが時々聞こえてくると牢番たちが噂する。
その醜い声は十数年も続いたという。
45
お気に入りに追加
2,869
あなたにおすすめの小説
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
あなたと別れて、この子を生みました
キムラましゅろう
恋愛
約二年前、ジュリアは恋人だったクリスと別れた後、たった一人で息子のリューイを生んで育てていた。
クリスとは二度と会わないように生まれ育った王都を捨て地方でドリア屋を営んでいたジュリアだが、偶然にも最愛の息子リューイの父親であるクリスと再会してしまう。
自分にそっくりのリューイを見て、自分の息子ではないかというクリスにジュリアは言い放つ。
この子は私一人で生んだ私一人の子だと。
ジュリアとクリスの過去に何があったのか。
子は鎹となり得るのか。
完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。
⚠️ご注意⚠️
作者は元サヤハピエン主義です。
え?コイツと元サヤ……?と思われた方は回れ右をよろしくお願い申し上げます。
誤字脱字、最初に謝っておきます。
申し訳ございませぬ< (_"_) >ペコリ
小説家になろうさんにも時差投稿します。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです
果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。
幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。
ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。
月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。
パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。
これでは、結婚した後は別居かしら。
お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。
だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。
愛されない私は本当に愛してくれた人達の為に生きる事を決めましたので、もう遅いです!
ユウ
恋愛
侯爵令嬢のシェリラは王子の婚約者として常に厳しい教育を受けていた。
五歳の頃から厳しい淑女教育を受け、少しでもできなければ罵倒を浴びせられていたが、すぐ下の妹は母親に甘やかされ少しでも妹の機嫌をそこなわせれば母親から責められ使用人にも冷たくされていた。
優秀でなくては。
完璧ではなくてはと自分に厳しくするあまり完璧すぎて氷の令嬢と言われ。
望まれた通りに振舞えば婚約者に距離を置かれ、不名誉な噂の為婚約者から外され王都から追放の後に修道女に向かう途中事故で亡くなるはず…だったが。
気がつくと婚約する前に逆行していた。
愛してくれない婚約者、罵倒を浴びせる母に期待をするのを辞めたシェリアは本当に愛してくれた人の為に戦う事を誓うのだった。
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる