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幸せ過ぎたプリシラ

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第三王子マクシミリアンと出会ってから約二年後の初夏、プリシラはかつてない緊張の中に身を置いていた。
空には白雲が泳ぐが雨の心配はなさそうだ、天気に恵まれていながらも彼女の心は騒ついて落ち着かないのだ。
深呼吸を何度もして、注がれた水をもう何杯飲んだだろうか。
一向におさまらない喉の渇きに少しばかり苛立ちを感じるプリシラである。

「お嬢様、お気持ちはわかりますが落ち着いてください」
「え、ええ。わかっていてよ、わかっているの……でも、途中で足が縺れて大コケしたり、気絶するのではと気が気ではないのよ!はぁあああ!どうしよう!ねぇ?後何分何秒!?喉から心臓が飛び出しそうなの!」
似たような台詞は何度目だろうかと、侍女のメリアと母親は苦笑する。

「終わってしまえばなんてことないものよ。大丈夫よプリシラ」
「お、お母様。お母様の時はどうでしたの?私はどうしたら良いのかご指導くださいませ!」
「ちょっとプリシラ……唇を何度も噛むから歯が真っ赤じゃないの!人食いみたいだわ」
母親は大慌てで口を漱ぐように勧める、本人に至っては狼狽してばかりで注意された矢先にまたも繰り返し噛んでしまう。

「ああ、もう仕方ない子ね。メリア、口紅は土壇場まで塗らなくて良いわ埒が明かないもの」
「左様ですね、その通りに致します」
アワアワと震えて胸の位置で手を組み緊張と戦うプリシラには、母たちの会話が耳に届いていないのか壁を見つめて瞬きを忘れている。

「子供の頃には、あんなに紅をさしたがっていたのに困ったものね」
早く大人になってお嫁に行きたいと我儘を言って周囲を翻弄した少女は、いまでは白いドレスを身に纏い焦がれ続けてきた花嫁になった。それだというのにあまりの緊張で喜びが陰ってしまっている。

「はわわわ、やっぱり嫁ぐのはやめようかしら……怖い怖すぎる!幸せ過ぎて怖いの!」
「あら、父親は喜ぶけど殿下が知ったら大泣きするんじゃない?ショックで死んじゃうかも」
「それはダメー!マックス様が儚くなったら私も死んじゃう!」
それを聞いた母は大きく手を振り上げると”バチーン”と娘の背中に叩きつけた。

「ひゃん!」
「気合を入れてあげたわ。しゃんとしなさい、王子妃でしょ?みんなあなたを祝福してくれているのよ。これからは民の手本となるべき王族に嫁いで妃になるの、いい加減に腹を決めなさい」
「お、お母様」
盛大に背中に母の愛を叩きこまれたプリシラは瞠目すると、急に落ち着いたのか瞳に安堵の色が満ちだした。

「わかりましたわ、ありがとうございますお母様。私は殿下の伴侶になる。あの方の為に尽力する妻になります!」
「よし!それでこそ私の娘!」

***

準備万端となったチャペル入口で半泣きの父親の腕に手を置くプリシラには迷いはもうなかった。
扉が開かれると参列者たちが一斉に花嫁の方へ視線を集める、ベールダウンしている表情は読み取れないが、きっと幸せそうに紅潮しているだろう。

厳かな曲が流れる中、バージンロードをゆっくり進むその先で、愛しい人が笑みを浮かべて待っている。
懸念していた足元もスムーズに動き、無事に聖壇前に到着する。彼女の過剰な心配は杞憂に終わる。
「プリシラ、この日を待っていたよ」
「私もです、マックス様」

二人が揃うと祝福する者たちの讃美歌が響き渡る、次いで神父が朗々と聖書を読み上げ新郎新婦は誓いの言葉を交わした。
そして、互いの指に夫婦の証を填め合いベールアップされると美しく輝くプリシラの顔が現れた。
一瞬目を合わせると二人の唇が重なった。

恙なく式が終わり鐘の音とともに花弁が舞いライスシャワーが飛び散った。
その最中に誰かが「キスがやたら長くなかった?」と言った、場にいた者全員がその言葉を拾って大いに頷く。
新婦の手からブーケが投げられるとひと騒ぎになったが無事に終了した。

「愛しているよ、プリシラ。私はなんて果報者だろうか」
「あら、私こそ愛してます。愛の大きさは譲りませんよ?」
彼らは人の目も気にせずに、この日二度目の熱い口付けを交わしたのだった。





本編完結




*番外の話をいくつか公開予定です。
最後まで読んで下さった皆様ありがとうございました。
とても楽しく充実した日々でした。

音爽
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