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春遠からじ
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第三王子殿下とその婚約者エイデール侯爵令嬢の意向を汲んで、お咎めなしの特赦を与えられた平民娘エイミは褒章と自由を賜った。暴漢とはいえ貴族子息への傷害罪が問われないのは異例中の異例である。
さらに恩を返したいプリシラはエイミに新しい職場と生活資金を提供した。
遠縁にあたる伯爵家のメイドとして彼女を紹介し、病弱な母を抱えることも知ったプリシラは住まいにも困らぬようにと家まで与えた。通いメイドとなったエイミは喜んでこれを受け入れ身を粉にして働いた。
エイミを預かった伯爵は言う。
「勤勉な子を紹介してくれて感謝しかない、細かいところまで気が利く良い娘だよ」
同じ家名を持つエイデール伯爵は身分差をどうこう気にする御仁ではない、良い働きをする者は重用する人物である。
嫌な思い出がある騎士団の下働きから離れ、無事に安定した生活を送ることが出来たエイミは御礼状を送りたいと思ったが、彼女は文字の読み書きができない。
どうしたものかと悩む日々を過ごしていた。
彼女がすっかりメイドの仕事に慣れて来た頃だった、留学の為に長らく家を離れていた子息ヨハンが帰宅した。
新顔のメイドを見て「おや」と思った彼はエイミの働きぶりと屈託ない笑顔に見惚れてしまう。
だが、時々深いため息を吐いて真っ白な便箋を前に悲しそうにしているエイミを見て声をかける。
「なにか困りごとかな?我が家の待遇が悪いのなら言ってくれないか」
「あっ!ヨハン様。いいえ、とても良くして頂いてます。諸先輩も親切で優しいです」
では何故悲しそうにしていたのかと訊ねれば、文字を知りたいと告白される。
「そうか、御礼の手紙を!キミはとても恩義を大切にする人なのだな感心したよ」
「いいえ、そんな当たり前のことです」
その当たり前ができない貴族が多いことを比較にして、エイミの心根が誠実で真っ直ぐなことを褒めた。
「キミはとても出来た人間だ、卑下してはいけないよ。どうだろう私が文字を教えたいのだが」
「まぁ、雇用主の御子息の手を煩わせるなんて」
彼女は畏れ多いと遠慮したが、引いてくれない子息に押し切られて学ぶことが決定した。
「そうそう、基本の言葉をすっかり覚えたね。素晴らしいよ」
「そんな、字は乱れて汚いですからもっと練習しないといけません」
前向きで自分に厳しい姿勢のエイミに子息はすっかり心を奪われていた。身分差はあれど彼は次男なので跡継ぎを気にする立場にない。
今のところエイミの心はわからないが、交流を深めていく二人は、遠からず通じ合うに違いない。
やがて、季節は廻り雪割草が顔を出した頃。
一通の手紙がプリシラの元へ届いた、背面の名を確認した彼女は喜びの笑みを浮かべた。
「まぁ、エイミからだわ!元気に暮らしているかしら?」
もどかし気に封を切ると便箋を広げた、微かに花の香りが紙面から零れ落ちる。
「あらまぁ、ふふ。良い方向へ行っているのね。あの各国をフラフラしてたヨハンが腰を落ち着かせるなんて」
手紙にはお礼の言葉から始まり、近況とヨハンに求愛されて困っているという相談事が綴られていた。
プリシラは迷うエイミの背中を押すことを決めて、返事を書くためにペンを取るのだった。
「どうか幸せに、エイミにはその資格があるのだから」
さらに恩を返したいプリシラはエイミに新しい職場と生活資金を提供した。
遠縁にあたる伯爵家のメイドとして彼女を紹介し、病弱な母を抱えることも知ったプリシラは住まいにも困らぬようにと家まで与えた。通いメイドとなったエイミは喜んでこれを受け入れ身を粉にして働いた。
エイミを預かった伯爵は言う。
「勤勉な子を紹介してくれて感謝しかない、細かいところまで気が利く良い娘だよ」
同じ家名を持つエイデール伯爵は身分差をどうこう気にする御仁ではない、良い働きをする者は重用する人物である。
嫌な思い出がある騎士団の下働きから離れ、無事に安定した生活を送ることが出来たエイミは御礼状を送りたいと思ったが、彼女は文字の読み書きができない。
どうしたものかと悩む日々を過ごしていた。
彼女がすっかりメイドの仕事に慣れて来た頃だった、留学の為に長らく家を離れていた子息ヨハンが帰宅した。
新顔のメイドを見て「おや」と思った彼はエイミの働きぶりと屈託ない笑顔に見惚れてしまう。
だが、時々深いため息を吐いて真っ白な便箋を前に悲しそうにしているエイミを見て声をかける。
「なにか困りごとかな?我が家の待遇が悪いのなら言ってくれないか」
「あっ!ヨハン様。いいえ、とても良くして頂いてます。諸先輩も親切で優しいです」
では何故悲しそうにしていたのかと訊ねれば、文字を知りたいと告白される。
「そうか、御礼の手紙を!キミはとても恩義を大切にする人なのだな感心したよ」
「いいえ、そんな当たり前のことです」
その当たり前ができない貴族が多いことを比較にして、エイミの心根が誠実で真っ直ぐなことを褒めた。
「キミはとても出来た人間だ、卑下してはいけないよ。どうだろう私が文字を教えたいのだが」
「まぁ、雇用主の御子息の手を煩わせるなんて」
彼女は畏れ多いと遠慮したが、引いてくれない子息に押し切られて学ぶことが決定した。
「そうそう、基本の言葉をすっかり覚えたね。素晴らしいよ」
「そんな、字は乱れて汚いですからもっと練習しないといけません」
前向きで自分に厳しい姿勢のエイミに子息はすっかり心を奪われていた。身分差はあれど彼は次男なので跡継ぎを気にする立場にない。
今のところエイミの心はわからないが、交流を深めていく二人は、遠からず通じ合うに違いない。
やがて、季節は廻り雪割草が顔を出した頃。
一通の手紙がプリシラの元へ届いた、背面の名を確認した彼女は喜びの笑みを浮かべた。
「まぁ、エイミからだわ!元気に暮らしているかしら?」
もどかし気に封を切ると便箋を広げた、微かに花の香りが紙面から零れ落ちる。
「あらまぁ、ふふ。良い方向へ行っているのね。あの各国をフラフラしてたヨハンが腰を落ち着かせるなんて」
手紙にはお礼の言葉から始まり、近況とヨハンに求愛されて困っているという相談事が綴られていた。
プリシラは迷うエイミの背中を押すことを決めて、返事を書くためにペンを取るのだった。
「どうか幸せに、エイミにはその資格があるのだから」
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