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忍び寄る魔手
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数週間がかりプリシラが登城する時間を把握し、どのタイミングで接するのが最良か見極めてしまったクラレンスは愚行に走ろうとしていた。
その日は朝から肌寒く雪がちらついていた、鈍色の分厚い雲が陽の光をすっかり遮断してしまう。
昼頃には踝を埋めるほどに降り積もってしまい、急なことに馬車も立ち往生する騒ぎになったほどだ。
「こんな日くらいは御休みされては如何ですか?」
侍女のメリアが車窓の景色を気にしながら城へ向かう道中で進言をする、しかしプリシラは横に頭をふる。
「天候の変化ごときでサボるだなんて、王妃様からお叱りを受けるわ」
「しかし……御身の安全のほうが大切でございましょう」
侍女の言葉はもっともだったが、プリシラはマクシミリアンと茶の約束もしていたので登城したいのだ。
「ごめんなさい我儘で、お勉強が終わったらマックス様に会いたいの」
「左様でしたか、気が回らず申し訳ありません」
友人程度の情から一歩踏み出したらしい主の心の変化に喜ぶ侍女は、ゆっくりでも馬車を向かわせるほか選択はないと判断した。
馭者は込み合う大通りを避けて城へ赴くことに変更した、それが幸いしたのかいつもの時間より10分くらい遅れたが授業には間にあいそうだ。プリシラは馭者に礼を述べてから城奥へと急ぐ、侍女もそれに倣い足早に廊下を行く。
教育室までの道すがら兄と遭遇したが「急いでますの!」と詫びてそこを去った。
アーリンはお転婆な妹を見送ってから執務へと戻る。「まだまだ子供だなぁ」と苦笑して職場のドアを開いた。
「なんだ、プリちゃんはここに寄らなかったのか?」
侯爵は残念そうに呟き分厚い書類に視線を落として肩を竦める。
「この雪ですからね、きっと馬車が遅れたのですよ仕方ないでしょう」
兄アーリンは荒れた天候を気にして執務室の窓を見た。降雪の勢いはやわらぎそうもなさそうである。
***
いつも通り授業を終えたプリシラは、早速とマクシミリアンが待っているであろう執務室へと軽やかな足取りで向かう。王子の執務室は別棟にある、その途中で侍女が一旦給湯室へと別れるのだ。
「後程参ります、あまりはしゃぎませんように」
「ええ、わかっているわ!そうそう、持参したクルミのケーキは余分にあるから城の侍女さんたちと分けてね」
「ありがとうございます、お嬢様」
彼女らはそう言って二手に分かれた、それはものの5分程度のことで、いつもの習慣でもあった。
そしてプリシラは棟を分岐する通路へ差し掛かり警邏中の騎士とすれ違う。
下位騎士らしいその人物は鉄仮面を被ったフル装備で敬礼する、そしてせっかくなので護衛いたしますと申し出る。
「あら、ありがとう。寒いのにご苦労様」
「いいえ、仕事ですから」
騎士は彼女の背後へ回りガチャガチャと甲冑を鳴らして付いてきた。
もうすぐ渡り廊下へ差し掛かろうとした時だ、大きなダストカーが行く手を阻むように放置されていた。
不自然に置かれたそれを騎士が警戒して「御下がりください」とプリシラに声をかけて佩いていた剣の柄に手をやった。
その頃、執務室でプリシラの到着を待ち侘びていたマクシミリアンはそわそわと居室の中を右往左往していた。
「遅いなぁ……いつもならとっくに茶を飲んでいる頃だよ」
「左様ですね、廊下を確認して参ります」
気を利かせた侍女メリアが部屋を出て行く、騎士が常に警邏している城内でトラブルが発生しているとは露ほども思っていない。
廊下を往復していた騎士を見つけて、お嬢様を見かけていないかと訊ねたが「文官が3名ほど通っただけです」と答える。侍女は先ほど別れた分岐の辺りまで戻って来たがとうとう彼女を見つけられなかった。
「お嬢様、いったいどちらに?」
気が変わって侯爵がいる執務室へ行ったのかとそちらへ向かう。
だが、しかし――。
「え?今日は一度もプリシラは顔を出しておらんぞ、何かの間違いではないか?」
山と積まれた書類に判を押しつつ訝しい顔で答えた侯爵は、侍女の狼狽する姿を見てただ事ではないと察するのだった。
その日は朝から肌寒く雪がちらついていた、鈍色の分厚い雲が陽の光をすっかり遮断してしまう。
昼頃には踝を埋めるほどに降り積もってしまい、急なことに馬車も立ち往生する騒ぎになったほどだ。
「こんな日くらいは御休みされては如何ですか?」
侍女のメリアが車窓の景色を気にしながら城へ向かう道中で進言をする、しかしプリシラは横に頭をふる。
「天候の変化ごときでサボるだなんて、王妃様からお叱りを受けるわ」
「しかし……御身の安全のほうが大切でございましょう」
侍女の言葉はもっともだったが、プリシラはマクシミリアンと茶の約束もしていたので登城したいのだ。
「ごめんなさい我儘で、お勉強が終わったらマックス様に会いたいの」
「左様でしたか、気が回らず申し訳ありません」
友人程度の情から一歩踏み出したらしい主の心の変化に喜ぶ侍女は、ゆっくりでも馬車を向かわせるほか選択はないと判断した。
馭者は込み合う大通りを避けて城へ赴くことに変更した、それが幸いしたのかいつもの時間より10分くらい遅れたが授業には間にあいそうだ。プリシラは馭者に礼を述べてから城奥へと急ぐ、侍女もそれに倣い足早に廊下を行く。
教育室までの道すがら兄と遭遇したが「急いでますの!」と詫びてそこを去った。
アーリンはお転婆な妹を見送ってから執務へと戻る。「まだまだ子供だなぁ」と苦笑して職場のドアを開いた。
「なんだ、プリちゃんはここに寄らなかったのか?」
侯爵は残念そうに呟き分厚い書類に視線を落として肩を竦める。
「この雪ですからね、きっと馬車が遅れたのですよ仕方ないでしょう」
兄アーリンは荒れた天候を気にして執務室の窓を見た。降雪の勢いはやわらぎそうもなさそうである。
***
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「後程参ります、あまりはしゃぎませんように」
「ええ、わかっているわ!そうそう、持参したクルミのケーキは余分にあるから城の侍女さんたちと分けてね」
「ありがとうございます、お嬢様」
彼女らはそう言って二手に分かれた、それはものの5分程度のことで、いつもの習慣でもあった。
そしてプリシラは棟を分岐する通路へ差し掛かり警邏中の騎士とすれ違う。
下位騎士らしいその人物は鉄仮面を被ったフル装備で敬礼する、そしてせっかくなので護衛いたしますと申し出る。
「あら、ありがとう。寒いのにご苦労様」
「いいえ、仕事ですから」
騎士は彼女の背後へ回りガチャガチャと甲冑を鳴らして付いてきた。
もうすぐ渡り廊下へ差し掛かろうとした時だ、大きなダストカーが行く手を阻むように放置されていた。
不自然に置かれたそれを騎士が警戒して「御下がりください」とプリシラに声をかけて佩いていた剣の柄に手をやった。
その頃、執務室でプリシラの到着を待ち侘びていたマクシミリアンはそわそわと居室の中を右往左往していた。
「遅いなぁ……いつもならとっくに茶を飲んでいる頃だよ」
「左様ですね、廊下を確認して参ります」
気を利かせた侍女メリアが部屋を出て行く、騎士が常に警邏している城内でトラブルが発生しているとは露ほども思っていない。
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だが、しかし――。
「え?今日は一度もプリシラは顔を出しておらんぞ、何かの間違いではないか?」
山と積まれた書類に判を押しつつ訝しい顔で答えた侯爵は、侍女の狼狽する姿を見てただ事ではないと察するのだった。
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