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プリシラの差し入れと邪な目

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王子妃教育が始まっていたプリシラは、週に3回ほど登城している。
教育室へ通うついでにと父と兄が務める職場に差し入れを持参していたのだ。これには父は相好を崩せずにおれない、我が家自慢の愛娘が作った菓子を独り占めしようとするが、毎回アーリンに「大人げない」と叱られていた。

「だってお前プリちゃんの手製だぞ!余所の男になどに」
「気持ちはわかりますが、プリの気遣いを無駄にしちゃ嫌われますよ?」
「え、嫌い……プリちゃんが私を?え、え?そうなの!?」
愛娘に嫌われたらこの世の終わりだと青褪めて、アワアワと取り乱す父親は職場での威厳と立場が危ういのではとアーリンは頭を抱えた。

「お父様、落ち着いてくださいな。兄様は例えの話をしたのですわ」
「そ、そうか!それは良かった!うん、心優しいプリちゃんが嫌うわけないよな!父は信じているぞ!」
「はい、敬愛する御父様ですもの嫌いになれませんわ、それでは皆さんにも分けましょうね」
侯爵は娘の天使のような笑顔を見て、そうかそうかと破顔する。ガタイの良く厳つい顔立ちの長官がメロメロのダメ親父になっているのを文官たちは「恐ろしい物をみた」と視線を逸らす。

差し入れはとても評判が良いが、長官の視線が痛いのでコッソリ食べるほかない部下たちである。
本日の差し入れはスノーボールである、ちょっと粉っぽいのでアイスティーも一緒に振る舞われた。
「ほろほろ軽くていくらでも入ってしまうな!このドライ苺のものが特に美味い!」
「それは良かったです、たくさん作って来ましたの」
束の間の休憩をとり歓談していると、ドアをノックする音が響いた。応対に出た文官が畏まって礼を取る。

「まぁ!マックス様!三日ぶりでございますわ」
頬を少し染めて王子に駆け寄るプリシラに、出迎えられたマクシミリアンは両手を広げて待機する。
甘く抱きしめたいと思って満面の笑みだった王子だったが急に顔色を悪くする。
「マックス様?」
王子より大分背が低いプリシラが不思議そうに見上げて「あらら」と呟く。
彼の視線の先には侯爵の笑みがあった、だがその顔の目は笑っておらず、敵意の色が垣間見えた。

「んんんっ、急に訪問して済まなかったねエイデール卿。愛しい婚約者殿が登城していると耳にしたもので」
「ほう、それはそれは。フハハハハハハッ」
「あはは、あはははは……」
バチバチと視線がぶつかり合い火花が散りそうな雰囲気に居たたまれないアーリンと文官たちは「逃げたい」と心から思うのだった。

***

「まったく油断も隙も無い、婚約は了承したがな婚姻までは娘に触れることを許可せんぞ」
「父上、今どきそんな……ハグくらい挨拶じゃないですか」
「だーめーだー」
こう見えてかなりの頑固であるエイデール侯爵は一度決めたらテコでも譲らないところがある。愛娘のこととなれば余計に頑な性格を発揮するのだ。

「はぁ、私の結婚式ではもう少し柔軟にお願いしますよ?披露宴は王子殿下がエスコートなさるでしょうから」
「ぐ、ぐぬう……腕など組んだら殴りそうだ」
「不敬です!」
休憩の後に妃殿下教育へ向かうプリシラに、王子が護衛を兼ねて付いて行くのも苛立ちを見せた困った父親にアーリンは宥めるに苦労した。
この調子では2年後の輿入れの時は内乱でも起こしそうだと彼は危惧する。

とある調書を携えて財務省に向かおうと廊下に出たアーリンは不審な視線を感じて周囲を見回した。特に変化はなく気のせいだったかと肩を竦めた。
各所のドアの前には警備兵が常駐していて、大廊下には警邏する騎士の姿が必ずあった。
やはり何もないと判断した彼は届け先へと急ぐ。

だが、アーリンは見落としていた、警邏する騎士達の中に邪な心を隠し持つかつての友人クラレンスが混ざっていたことを――。

立場を利用して城内を闊歩するクラレンスは、だれがいつ行動してどの部屋を出入りするのか逐一チェックしてメモを取った。姑息な行動に誰も気が付きはしない。
エイデール家を出禁にされて、友人アーリンとも縁を切らた今、プリシラと接触する機会はほとんどない。それならば隙をついて彼女と偶然を装い会うしかない。

「さすがに挨拶すれば返さずわけにもいかないよね、はぁ遠目で見ても麗しかった、横にいる王子が目障りで仕方ないが、いずれその横に立つのは俺だ。待っていてプリシラ、籠の鳥になったキミを解放してあげる」
愚かなクラレンスの脳内では”王子の権利でねじ伏せられて婚約させられた哀れな乙女である”という認識は固定されたままなのだ。

二人が仲睦まじく廊下を行く姿を目にしていたにも関わらず、”ただの愛想笑い””貼り付けた笑み”と処理変換してしまうのだ。
彼は着々と愛するプリシラの奪還劇を遂行するべく企てを練り上げていた。

「あの可憐な微笑みと美しい肢体は元々俺のものだ、変人の第三王子になどに渡すものか!」

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